ずばり「自由研究」です。何をしたらよいかわからないんだもの……。今の小学生、すごいよね。一部の子だけかもしれないけれど。日常の生活の中で疑問を持ったり、知りたいことや興味のあることを見つけ、そのために調べるなんて。それも図書館やネットで調べるだけじゃない。「なぜ?」「どうして?」を自ら解決しようと「考え、やってみる」のだ。まさしく研究だよ。
そう思うと当時の私、のほほーんと過ごしてたんだな。だって、当時、何にも興味がなかったもん。好きだったこと……?友だちとボール遊びしたり、プール行ったり。読書は好きだったから、『シャーロックホームズ』とか『江戸川乱歩』を読んだけれど感想文なんて書けない。
それでも我が家は商売を営んでいた父が家に居たから、私のために一緒に考えてくれて、それなりに形にした。どれも「研究」と名付ける程の物じゃなかったけど、毎年、父はアイディアを出してくれた。
低学年の頃は、国語の教科書の書き写し。句読点もよく見て、間違えないように、読みやすい字でノートに書き写す。
「言葉、会話、作文、漢字、基本を覚えるのに最適なのは国語の教科書だよ」
と父は言った。これ、結構時間がかかって大変だった。でも今私が文章を綴ることが好きなのはこんなところに原点があるかな?
中学年の頃、大した研究心もなく、特別に興味のあることなどない私のことをわかっていた父は
「せめて1日で仕上がるようなものはやめよう」
と言って、毎日気温を測って、折れ線グラフにした。夏休みには母の実家に1週間ほどお泊りに行くのが恒例だったけれど、その間も温度計を持参した。
5年生の時、日本地図を模造紙に書いて、各都道府県の特産物とか観光名所みたいなことを書き入れた。その時、小さな日本地図に縦横1センチくらいの方眼を書き、模造紙にも10センチくらいのそれを鉛筆で薄く書いて拡大図の書き方を教わった。小さいマス目にある曲線を同じ位置にある大きい方に丁寧に書くと、最終的に大きな日本地図が完成した。サインペンでなぞる。そして最初に薄く書いた鉛筆の線を消しゴムで消す。「こんなふうにすれば、大きくて立派な地図が私にも書けるんだ」と感動したよ。ただ、何を書き込んだか忘れた。岡山の桃も千葉の落花生ものちに頭に入ったことだ。
最終学年となった6年生。父は
「なんでもいいから1人でやってごらん」
と言った。父も面倒になってきたのかも。私、何をやったか記憶にないんだから笑っちゃう。
自由研究って、その子が自身の力で取り組むことができれば最高だけれど、小学生のうちは、親子で一緒に取り組んだという経験もいいものだね。私にとっては父との大切な思い出の1つとなっている。
