私の母はすぐに涙を流す。その逸話は数知れず。
私が小学校5年生の時、初めての移動教室(お泊りの学校行事)に出かける日の朝のことだ。大型バスに乗り込み、外を見ると、母が一人泣いていた。両手で鼻と口を覆っていたので目立つことはなかったが、明らかに泣いていた。ざっと周りを見ると、どの子のお母さんも笑顔で手を振っていた。誰も私の母を見ていなかったから話題になることなく、私はほっとした。
一番驚いた涙は私が初めての出産で、退院後実家で世話になった後、自宅に戻る時のことだ。母は
「しょうちゃん、しょうちゃん」
と長男の名を呼びながら、ずっと泣いているのだ。今生の別れでもあるまいし、なんたって実家と自宅はチャリ圏内だ。いつでも見せに来るよ。孫はかわいいとよく聞くけれど、それほどなのか?
さて、時は流れ、長女が初めての出産で里帰りした。ひと月が過ぎ、彼女が孫を連れて自宅に戻る日……。毎日見ていた孫に会えなくなることより、私はとにかく娘が気になった。初めての子育て、彼女は大丈夫だろうか?まだまだ夜中に起きて授乳しなければならない日が続くだろう。これから病気もするだろう。手がかからなくなってもいろいろな悩みを抱えることもあるだろう。身体にだけは気を付けて頑張ってほしい。
あの時母は、孫の名を呼びつつも私のことが心配だったのではないかと30年経って気づいた。ほとんど涙を流すことのない私だが、母の涙がわかった気がした。