今から30年以上も前のこの時期だったなあ。母がくも膜下出血になり、10時間以上に及ぶ手術、さらに水頭症の手術もした。
母は、私が小さい時から頭痛持ちだった。2、3か月に一度はひどい頭痛に襲われ、半日くらいは眉間にしわを寄せ、横になっていた。薬も効かないようで嘔吐もしていた。
「絶対にこうなる!」と信じて進むことや「何が何でもこうするぞ!」という強い意志をもつことが苦手な私だが、どんな状況にあってもやるべきことをやるだけ!ってのは得意?かも。まさか、昨日まで元気だった母の紙おむつを買うことになろうとは……。それでも自転車のペダルをこぐ力はある。右足、左足と交互に踏めば、自転車は前へと進む。
そして、弟妹がいるって、ありがたい。入院中、弟(義妹)は、「子どもを授かった」という母にとって何よりの嬉しい報告をもってきた。妹は、私が苦手とするお世話をどんどんと進めた。トイレに行くこともリハビリの一環、と聞いてはいるが母の
「行きたくない」
という悲しげな声に、私は
「辛いから仕方ないね」
とあきらめる。妹は
「おかあちゃん、行くよ!」
と言って、腰にタオルをかけ、歩行器を使って付き添う。
父は家で一人になってしまったが、ご飯のおかずを届けると、
「大丈夫だよ。卵と納豆があればそれだけでごちそうだよ」
だと。戦争をくぐり抜けてきた昭和一桁は強い。ただ、
「おかあちゃんがこんなことになったのは俺のせいだろうなあ」
なんて寂しげに口にしていたけれどね。
母は、幸いにも後遺症もなく2か月後には退院し、それ以来頭痛もなく米寿を迎えた。最近になって、自分はあの時の母の年齢を超えたんだと気づいた。家族っていいな、と改めて思った。