アイリッシュセッターという犬種の犬を飼っていた。名前はレグルス。大型犬にもかかわらず、14年間、私たち家族を楽しませてくれた。「犬は外で飼うもの」という夫の考えで、ずっと庭にいた。人懐こくて、ガレージの隙間から顔を出しては、通る人たちに可愛がられていた。
だが、一つ手を焼いたのが「雷」であった。とにかく怖いらしく、興奮してパニックになり、脱走する。広めの犬小屋だって無意味、ロープでつないであっても食いちぎり、わずかな隙間に身体を潜り込ませるようにして出ていく。伸縮ガレージには、何十本もの毛が残されていて、痛々しい。こちらも雷の気配を察してその都度対策はするのだが、根本解決にはなっていないからレグルスの勝利となる。そのたびに他人様にご迷惑をおかけした。こわい思いをした方もいらっしゃったはず。申し訳ありませんでした。
私たち家族は、脱走してしまった時に何をすべきかも知った。「犬」は落とし物になるんだって。というわけで、近隣警察署、保健所、動物保護センターへ連絡する。
数回の脱走の中でも記憶に残るのはある年のGW前日のことだ。夕方5時過ぎ、雷鳴と豪雨の中、彼はあっという間に飛び出し、私たちは見失った。家族で探すも見つからず、例によってあちこちに電話をしたが、お役所は休日に入り、音声ガイダンスが流れるのみ。頼みの綱は警察だけだ。
「見つかったらこちらから電話します」
と言われたものの、連休中朝晩とこちらから電話した。家族の誰かが家に残るようにして捜索もしつつ三日間が過ぎた。
連休明け朝9時を待って保健所に電話をすると、近くの動物病院で保護しているとの情報をいただけた。そうして、4日ぶりのご対面となった。こちらの心配をよそに、ケロリとした顔で登場した彼。ホッとした私に受付の女性の一言。
「大型犬ですので一泊15,000円で三泊、念のためノミの駆除もさせていただきました。合計50,000円になります」
えっ?でも仕方なくお財布を出しながら
「こちらの不手際でご迷惑おかけしました。お世話になりありがとうございました。連れてきた方の御住所、お名前がわかりましたら御礼したいんですけど」
と言うと、お相手の情報をくださった。今ほど個人情報云々が怖くない時代だったのかも。そして
「警察にも連絡していただけたら嬉しかったです」
をひかえ目に伝えた。なにしろ、悪いのはこちら。どなたにも怪我などさせなくて良かった。すると
「いつもそのような仕組みになっております。警察と保健所と愛護センターはセットで、必ず伝えております」
と。
そうなったら黙っていないのが夫。すぐに警察に電話だ。どうやら一人のおまわりさんが勤務交代の際に申し送り事項を伝え忘れたらしい。
「申し訳ありませんでした」
を繰り返すばかり。
「ちょっと公園のトイレを借りようと路駐した車、オタクはこちらが何度誤っても許してくれず、切符きるよね?それでオタクのミスを『申し訳ない』と言われても『はい、そうですか』と簡単に許すわけにはいかない!」
そばで聞いていて、ちょっと違うとは思ったけれど、50,000円の怒りは私だって同じ。
でも結果、動物病院の支払いを警察が肩代わりしてくれるはずもなく、この話は終わりました。家族のだれよりもリッチなGWを過ごしたレグルスでした。