とにかく冗談も通じないような堅物の数学の先生がいた。だから、授業中は、つまらなそうにボーッとしているか、寝ている生徒大半、熱心に受ける生徒、隠れて漫画雑誌を読む生徒、手紙を書いて回す女子少数‥‥‥。それでも先生は何も言わない。静かな教室に先生の声だけが淡々と響く。
ある日のある設問で、先生はいつもなら「○○君」「○○さん」と指名するところを急に
「山口さんちのマサキ君♩」
とフシまでつけて山口君を指名した。これには全員驚いた。当時(昭和50年頃?)『山口さんちのツトム君』という歌が流行っていた。子役で有名だった斉藤こずえちゃんが歌って大ヒットした。ツトム君が最近元気がなくて、アレコレ誘っても「あとで」と返事をされてしまうという歌。幼稚園児の淡い恋心を歌ったような感じで、最後は
「あ~と~で!」
「つまんないなぁ♪」
という二人のやり取りで終わる。
先生はそれを思い出し、指名したようだ。もしかしたら、ずっとこれをどこかで披露したくて、以前から考えていたかもしれない。我がクラスにたまたま「山口君」がいた。名前は違うけれど、3文字だからぴたりとあてはまる。
この先生がこんなこと言うなんて……と、皆が顔を上げた。すると山口君は
「あ~と~で!わかんないなぁ♪」
と返した。一瞬の沈黙の後、教室中に笑い声が響いた。完全に山口君の勝利となったが、おそらく初めてともいえる先生のジョーク、精一杯の勇気を振り絞ったのではないかと、私は先生が気の毒になった。おわり。
