長男の高校受験の時、第一志望の合格発表だけは私も見ておこうと思っていた。そもそも本人一人が行けば済むことだし、何といっても本人が

「一人で行くから来なくていい」

と言っていたのに。試験当日帰ってきた彼の顔色と、発表日のそんな言葉から、結果はおのずと想像できた。だから私は自分のけじめみたいな気持ちだったのだろう。

その日、彼は一旦登校してから発表を見に行くというので、内緒で出かけるには好都合だった。

 

 2月、その日は特別寒かった。日も当たらない冷たい曇り空の中、ほんの少しの期待を胸に私は高校へと急いだ。が、結果は予想通りだった。

 

 (今晩、どんな会話をしよう?)この1年の彼の取り組みを思い出し、帰りの電車に乗り込んだまさにその時、窓越しに反対側のホームを歩く彼の姿があった。長身の彼は、この時既に180センチを超え、ひときわ目立っていた。私の乗り込んだ電車のドアは、まだ開いている。今ならまだ間に合う。私は胸が締め付けられる思いだった。「番号はないよ。一緒に帰ろう」不合格を直接我が子に突きつけたくない、愚かな母がいた。この寒さの中、無い番号をわざわざ探しに行くことはない。駅からもまだ数分は歩く。が、一瞬にして心を入れ替え、頭を整理し、私はそのまま帰途についた。私のけじめ以上に必要な彼のけじめだ。

 

 こうして、彼は、第一志望ではない高校に通うこととなった。そして野球部に入った。ある朝、忘れ物に気づき、急いで玄関の外まで出ると、ちょうど彼があの野球部の大きなカバンを自転車に乗せていた。次の瞬間、彼はそれをひっくり返したのだ。あの野球部の黒いカバンには、目立つように高校名が刺繍されている。それを隠したのだ。(ああ、まだまだ結果を引きずっているのだなあ)と私は思った。年頃のせいもあるのか、

「行ってきます」

と覇気のない声で出かけていく彼の大きな背中に向けて

「いってらっしゃい」

と言った。

 

 それから毎日心の中で

「どこの高校へ行った、じゃないよ。高校3年間で何をしたか、どう過ごしたか、が大切だよ」

「マルをもらえばそれは単にマル、バツを次につなげることが出来たらそれは二重マル」

と言って見送った私でした。あたかも自分に言い聞かせるように。

 

 ゴールデンウイーク明けの頃には早々にカバンの高校名を堂々と表に向け、三年間野球に打ち込んだ彼でした。