『ひみつのアッコちゃん』だったか、『魔法使いサリー』だったか、『アタックナンバーワン』だったか……。大好きなテレビアニメの最中に決まって母から声がかかる。
「お風呂みてきて!」
きた!私の大っ嫌いなお手伝いだ。夕ご飯も終わり、みんな居間にいるが、父は何やら分厚いノートに数字を書き込んでいる。母は針を持っている。幼い妹はこんな時の戦力にはならない。私は隣に座っている弟を見る。母の声などどこ吹く風、テレビに夢中だ。仕方なく立って居間を出ていく。何回かは弟に
「たまにはみっちゃんが行ってきてよ!」
と言って、じゃんけんを始めようとするが、母の
「早く!」
という声が荒くなり、私が立つことになる。
「次はみっちゃんだからね!」と弟の背中に向かって無駄な抵抗をしながら……。
冬場は寒い。掘りごたつから出て、畳敷きの居間の引き戸を開けると、身震いするほどだ。台所の床は当時Pタイルと言って冷たかった。30センチ四方の赤と緑のビニール?のタイルが市松模様柄に並んでいた。
風呂釜は台所の勝手口にあった。大人一人がしゃがめるだけのコンクリート敷きスペースにはいつも大きなサンダルがあった。それを履いて風呂炊き釜と向かい合う。あと数分で燃え尽きそうな薪を火かき棒を使って押し込む。そこでいったん風呂場に向かう。数枚並ぶ木の蓋を開けて、そのうちの一枚の板を両手で持ち、それを使って足を大きく広げて湯をかき混ぜる。最初は熱々だと思っていた湯もかき混ぜるとまだまだ入れるほどには沸いていない。昔の子は、理科で習わなくても「水も空気も冷たい方が重い」ってことぐらい日常生活の中で学べる。
いつだったか、弟はこの面倒な作業を省いて湯の温度を確かめることもせず、
「沸いたよ~」
と言って後でえらく叱られていた。
もう一度釜に戻って薪をくべる。木が燃える時のはぜる音にビクッとするが、パチパチがちょっと気持ちいい。この作業を何回か繰り返し、ちょうどいい湯加減になったところで、家族順番にさっさと入る。
それにしても便利になった。今ではスイッチ一つでお湯が沸くんだから。しかも適温適量で。きれいな音楽と声が
「お風呂が沸きました♪」
と教えてくれる。便利になって生まれるものは時間だろうか?失うものは何だろうか?
「テクマクマヤコン、テクマクマヤコン……」と言ってアッコちゃんが変身する場面、鮎原こずえが涙を流す場面、サリーちゃんが箒に乗って空を飛ぶ場面を見逃し、面倒なお手伝いをさせられても、「爆ぜる」と「くべる」っていう単語が体験と共に私の中にあるってことは誇らしいことだと思っている。