最近の義父、やたらと増えた言葉がある。
「なんにもわからなくて、できなくなっちゃったんだよ」
「ばかだからさあ。兄さん(戦争で亡くしている兄のこと。もちろん私は知らない)はかっこよくて頭良かったのになあ」
「面倒くさいからいいや」
これも認知症特有のものなのだろうか?
自分を必要以上に卑下して、私はなんだか辛い。そして夫は実の父だからこその、私とは違う思いがあるようだ。心配、今後の不安がイライラとなって現れる。
「できないできないって、やる気がないだけじゃないの?!そんな風に言えば、周りがやってくれると思っている。甘えてるみたいだよ。なんだかオレは逆に認知症を装っているように思えてきたよ」
そんなこと、できるのだろうか?装うことなんて。皆さんのブログを拝見したり、周りの友人知人のお話を聞くに、「認知症」といえば、なにかしら厄介なことが生じているようだ。自分の思い通りに事が進まないと癇癪を起してしまったり、思い込みが激しかったり、何回も同じことを繰り返ししゃべったり、お金がなくなったとか盗まれたとか、身内が認識できなくなったとか、などなど。数え上げたらきりがないほどのその方特有の様々なこと。
義父の場合、最近は困ったことなど何もない。私にとっては‥‥‥。夫にとってはイライラすることばかりだそうな。
掃除も洗い物も一切しなくなり、ゴミだってそのまま。面倒だと言ってお風呂も入らなくなってしまった。週1回のヘルパーさんの介助で何とか重い腰を上げる。お掃除も洗い物もお風呂の掃除もその時にやってもらっている。でもそれだけでは間に合わず、夫が買い出しに行く。
「『寒い寒い』って言うから『暖房入れればいいじゃないか』と言うと『つけ方がわからない。リモコンがどこにあるかもわからない』って。エアコンつけてくるけど、夜に行くと必ず消してある。消し方はわかるんだよ。リモコンのありかだってわかってるんだよ。もう、こっちが認知症になりそうだよ。頭が混乱しそうだよ」
と強い口調で私に愚痴を言ってくる。
「床のごみを手でかき集めていたので、『掃除機使えば簡単だよ』と言ったら、『オレは掃除機使ったことがないからやり方がわからない』だって。そんなことあるものか!やる気がないんだ」
夫は、自分の父親が衰えていく姿を見たくないのか、辛いのか。認知症を認めたくないのか?
「やる気が出ないのも認知症なんだよ」
と熟知しているように言う私。
「エアコンはつけられないけど、消せるんだぜ?」
と夫。
「だから、それもきっと認知症なんだよ」
と私。
私はエアコンつけて、そのあと義父が消していてもイライラしないし
「掃除機が使えない」
と言われても
「アラアラ」
と言って掃除をするだけ。義理という関係がそう思わせるのかもしれない。我が家の中でなんとかなっている範囲ならばこれでいい。ただ、他人様に迷惑をかけるなどが始まったら、私も心穏やかではいられないだろうが。
認知症ってなんだろう?AIでは正解が得られるだろうが、それが答えにはならない。認知症のあらわれ方は人それぞれで、対応も様々だから難しい。そして夫は最後に決まって言うのだ。
「オレはあんなになってまで生きていたくない。そうなったら死にたい」
と。
でもね、人生思い通りにならないのです。