(追記: 上差しこの記事の主旨を一発で表す写真をネットで見つけたので最初に貼り付けときます)




よく聴いていた曲だった(最初のオフィシャルビデオ)。人種も色も年代も同性愛もストレートも、そして考え方や思想も、それぞれの違いを受け入れて共生するアメリカ🇺🇸単一的で同調圧力によって個性が埋没しているような日本から見て、そんなアメリカはキラキラ輝いていた。ほんの20年前のこと。




*Official VideoはYouTube Premiumとかに入っていないと観れないかもなので、以下に同じアメリカンパイの曲の動画を複数貼り付けときます







下差しこちらはアメリカンパイの原曲(ドン・マクリーン作詞作曲)で日本語訳付き8分を超える長い曲だけど、歌詞のさばき方とか独特のタメがあってすごくイイですね飛び出すハートさすが本家本元キラキラ



20年前に日本からアメリカを想像しながら思っていたこと。移民国家。色んなものを受け入れる多様性の力がある。多様性を受け入れる。多様性を認める。もしかしたらアメリカの土壌には、様々なものを認めようとする意識すら存在してないのかもしれない。ごくごく当たり前のことって、そういうことじゃないですか?



多様性を認める。口では簡単に言える。でもそれを、本当に、本気で、実行するには「強さ」がいる。真の自分軸が要る。それができていないと自覚している人間からすると、本当にやるとしたら無意識ではできない。意識して自分を変えていかないといけない。




だから僕にとって、多様性を自然に認めている(ように見えた)アメリカは強い象徴だった。思想的に強いアメリカ。人間が強いアメリカ。心が強いアメリカ。







でも最近、アメリカが弱くなっているように感じる。それは単純に(頭の回転があまりよろしくない僕からすると)、アメリカの最高かつ最大の長所である、その多様性を認めなくなってきたから、だと思う。




「あん?お前はそう考えんの?俺はそうは思わんけどそれでやっていきたいならやっていけや!俺は俺の道で行くけどさ、まーお互いの道を尊重して仲良くやっていこうや!」的な。。。これがシナトラのNew York, New Yorkの歌詞に出てくる「It’s up to you!(全部お前次第なんだよ!)」の意味するところと僕は思ってるんだけど。





今のアメリカ、色んなもんを受け入れる懐の大きさが失われてきた。持ち前の大らかさが無くなってきた。縮こまってるようだ。選択肢を認めなくなってきた。強制し始めた。単一を求め出した。憧れてたアメリカの本性は実は弱かった、、、のかな。。。




でも一方で、個人としての自分がそう感じるということは、環境に自分を変えてもらおうと目論む甘えというか、そんな他人軸で生きてる僕自分の弱さも、同時に、目の当たりにする。自分の弱さを国に反映させている自分がいることに否応なく気づいてしまう。。。




そうか本格的に全世界が「It’s up to you!(全部お前次第なんだよ!)」の世界になってきたということなんだな。It’s up to the country!ではなくて。




自分の(自他への)許容力の無さや、そこはかとない弱さをどうにかできないだろうかとアメリカに来て、今、アメリカという国の最大の長所「多様性の力」が失われようとしている。それはそういうことなんだな。国に頼んなと。自分に頼れと。




でもやはり、憧れて、どうしても気になって、好きだからこの国に来ただけに、どうしたアメリカ?持ち前のその懐の大きなアメリカはどこへ行った?の気持ちは拭えない。。。その気持ちがあることは正直に認めなきゃね。




もしかしたら、もしかしたら、なんだけど、アメリカさんは多様性がご自分の最大の長所って気付いてない?移民国家で多文化共生国家のアメリカの最大の売りってそこしかないじゃない?アメリカの底力ってそれでしょ?




免疫力アップに世界一効果のある料理は「味噌汁」ということに気付いていないのは日本人ご本人、みたいな🇯🇵





建国からまだ250年も経っていないヤングでナウいアメリカは、多様性や選択可能性が国力の大元ってこと、実は知らない?生まれた時から備わってるから当たり前すぎて?




だったら外部の人間が教えないといけないですね。


共生はいいけど強制は良くないって。。。

(ウィルスも生きとし生けるものなのは事実であって、彼らも生き延びるために宿主を殺してはダメだから「共生」の道を選び出したような?)




さぁここからですよ。アメリカが「強制NO 共生YES」の世界を先頭に立ってリードして行くのは🇺🇸

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220126/k10013450531000.html