今日1月27日は我が師匠?のジュゼッペ・ヴェルディ様(ウィキペディアが開きます)のご命日です。1901年に永遠の眠りにつきました。ちなみにお誕生日は1813年の10月10日。



あなた様のオペラ「椿姫」のお父さん役ジェルモンを55歳でしっかり歌えるようになる、というのが僕の最大の目標です。自分で納得して、っというか納得は多分一生ないですね、自分なりに妥協して、が正しい表現でしょうか、ちゃんとした本番でジェルモンを表現できるようになりたいのです。
そのためには感情を全て叩き込んでも破綻しない声・技術が必要です(練習では、狂ったように感情を爆発させるような歌い方をしても破綻しない声楽技術は持っておかないと、と思います)。今は正直、ジェルモンのアリア一曲通すのに精一杯。。。昔はこのアリア、簡単に歌えてました。全然分かってなかったから。。。しかもクラスとか人前で、、、あぁぁぁ恥ずかしい。。。



このアリアなんですけどね、好きなバリトン、バスティアニーニでYouTubeを検索して最初に聞いたのがコレ。なんと偶然、上の写真の「椿姫」ポストカードの日付1955年5月28日(28 MAGGIO 1955)のスカラ座公演のものでした。。。もう怖いわ。。。このシンクロおねがい いきなり、クリックしたのがこのポストカードの公演そのものの録音なんだもん。。。ラブ

バスティアニーニ!完璧。。。なんて声なんでしょう。あのホロストフスキーもこの声に憧れていたというのを聞いたことがあります。ヴェルディ様もこの歌唱にはニンマリなんじゃないでしょうかグラサン 暗く哀しいなかに光というかリンギングしている核みたいなものが最初から最後までずっとあります。音譜



これは凄いことなんです。僕は声楽を体験しているから分かります。クラシックの歌を自分の身体を使って勉強したことがない人は分からないでしょう。僕も声楽の世界に入る前は分かっておらず、オペラ歌手のモノマネとかして舌の力を物凄く使ってそれっぽい声とか出してましたから。でもそんな歌い方してたらオペラの役一本持ちません。



まるで、バスティアニーニの凄さを野球で言うと、川崎選手がイチロー選手の送球の凄さを表現するのに、「他の(プロの)外野手よりも弾道が低くなかなか落ちてこない」と言ってましたが、これは実際に送球を受ける体験した人しか分からないでしょう。(←例え、おかしいですかね?バスティアニーニの声をナマで聞いたわけじゃないですし。。。あと僕の声楽レベルはアマなので、プロの川崎選手の足元にも及ばないですけれど)



何はともあれ、今、ちゃんとパッサージョを通る道というのが分かりかけてきて、だからこそ「なんて険しい道なんだよ」ということにも気づきました。しかもオペラの役をやるってアリア一曲だけじゃないですからね、当たり前ですけど。。。



今の僕にとってヴェルディは重くて、モーツァルトやドニゼッティのようには行かない、ということも実感しています。



最終的にはヴェルディ様の大傑作まで辿り着くことが目標。その目標を見据えることで、多くのできていないことに気づかされ、「あんなとこまで行くの、オレ、無理なんじゃないのか」などという自分のメンタルの弱さも思い知らされ、でも「向かうしかないじゃん。行きたいと思ってしまうんだから。目標に向かう自己ベスト更新が目標じゃん」と自分を励ますことも覚え、、、なんてことをこの10年していたら、昔は絶対出来ていなかったことが今出来ている、ということが出てきました。



これは最高に嬉しいし最大の喜びです。次の10年が楽しみって思えるのですから!



ヴェルディ様が遠い遠いところの金字塔として光り輝いていてくれるからこそ、そこに向かう努力をしたことで達成感を感じることができたのではないかと思います。同じように、欠点や欠乏感もヒシヒシと感じてますけどね。



欠点や欠乏感に自覚がないと達成感も出てこないんでしょうね。その相反する二つは互いにリンクしてる、という気づきも、ヴェルディ様が遺してくれた大傑作のおかげです。



ありがとうございます、ヴェルディ様!僕にとって、あなた様は本当に偉人です。