歯車は今に至る。 | 勇々自適。

勇々自適。

役者・演出・プロデューサー、鈴木洋平が日々のよしなしごとを語っている様です。

偏差値30代だった15歳のどうしようもないやんちゃくれの僕に、勉強の意義を教えてくれたのは当時の高校の担任だった。

人生で勉強出来る時期は限られてるから、今のうちだけしててもいいもんだろ、と。

良い先生ではあったが、元ボクサーで根が熱く、切れると見境がなくなるタイプだった為、僕が停学事件を起こした時はぶちギレてボコボコにしばかれたのだが。

ともあれ、人生で初めて勉強なるものをした結果、周りもアホだらけの学校だった為、学内偏差値99.9と言う訳の分からない成績となった。

そのふざけた数値では判断出来ぬと、河合や代々木の全国総合模試を受けたのだが、それでも75~80くらいの偏差値はマーク出来た。
どうやら人生初の勉強をすることによって20万人くらいの成績を追い抜かしてしまったようだ。

国内ならおおよそどこでも大丈夫ですと言う評価基準を頂いたのだが、いかんせん進学意識が低く、別の道を探りたいと家に相談したが、親に渋られ、仕方なく家から一番近い関西大学に入学することにした。


ここから面白いのが、関大の学部を選ぶ時、一番面白そうな総合情報学部を選んだのだが、何と総合情報学部は千里山ではなく高槻の山奥にあったのだ。
それに気が付いたのは入学式の日である。

家が吹田でチャリで行けるからと関大を選択したのに、高槻の山奥まで毎日ドライブする羽目となった。

しかして。
後々その学部で演劇に出会い、後の劇団を創るに至る仲間達に出会った。

この運命のからくりが無ければ、僕は芝居とは縁遠い別の人生を歩んでいたことであろう。

この運命が正しかったかどうかは死ぬ間際まで分からないが、もう少し謳歌してみたいとは思う。