「ただいまぁ」
マンションに戻って玄関のドアを開け、習慣で呟くと
「しょちゃん おかえりぃ」
って後ろに続いていたまさきが応えてくれて、
「まさきもおかえりぃ」
ってハグして背中をポンポンし合って、クスクス笑った。
一緒に消毒を終え部屋に入った。
そんなに広くないリビングなのに、ポンも、置いていた大きなケージも無くなったから、だいぶガランとして見える。
「ポンちゃん…ほんとに帰っちゃったんだね…」
「うん、でも明日だって変わらずにお散歩に行くし。いつでも会えるよ」
「そうだよね!
おばぁちゃん、元気に退院出来てほんとに良かったね」
「ポンもしっぽブンブン振って、おばぁちゃんに早速甘えてたしな。
あ、そういえば頂いた封筒、何だろね?開けてみよっか。とりあえずコーヒー淹れるよ」
「オレも手伝う!」
「ありがと」
狭いキッチンだから、時に身体の一部がまさきに触れる。
普段なら何でもないんだけど、ふたりっきりを意識して勝手に頬が熱くなる。
だって、白くてデカくて何だかちょっと人間じみたストッパーが居なくなっちゃったじゃん。。
──まさきと身体を重ねたいってのは、本能なのか欲望か?
その気持ちを止めようと必死になるのは、意気地無しなのか優しさか?
突っ走るのならそれは、イニチアシブか強引か?
もう、この二面性。
俺の気持ちの表目だけを、どうやったらまさきに伝えられるだろう。
あぁ、大人になって人との意思疎通もやりたい事も、割と自分の目論み通り叶えて来れたと思ってたのに。
まさきに関しては、それは効かない。
折角身につけて来た言葉の鎧やらの装備を捨てて、素っ裸の俺で挑む気分だよ。。
でも、そんな葛藤してる胸の内なんて、気取られたくない。
「明日の天気はどうだろね~、年内は又雪も降るかなぁ」
なんて適当な話題を口にしつつ、表面上は悠然とした態度に取り繕って、コーヒーを淹れた。
「どうだろね、降るかなぁ…」
ん?何だかまさきも、心ここに在らずって感じで頬が赤い…
いやきっとそれは、まだ帰ってきたばっかりで、室内が寒いからだよ、たぶん
コーヒーを飲んで、一息着いたところで、封筒を開けてみた。
A4サイズの書類みたいなのと、和紙に包まれたお金と、三つ折りにされた便箋と、
「これ、鍵?」
まさきが手に取ってまじまじと見てる。
一緒に出てきたのは、カードキーっぽい。
「どこの鍵だろ?
とりあえず手紙を読んでみるね。
えっと、時候の挨拶があって…
『この機会に、お二人に普段からの御礼をお伝えしようと考えました。
そして、先日ポンを海に連れて行って頂いたお話をして下さった際に、海の近くに別荘を所有していた事を思い出しました。この歳になると自宅が一番心休まるもので、今後利用する機会は無いだろうと考えました。もしよろしかったら、この別荘を御礼にさせて頂きたく』」
「べっそう??」
「うん、まだお手紙続いてる。
えっと、
『この別荘を御礼にさせて頂きたく存じます。
一度ご高覧頂き、お気に召したらどうぞ、差し上げます。』」
「えぇっ!?」
「差し上げますって、ねぇ……。
お金だって頂いちゃってるのに。
こっちの書類は…うわ、権利書と譲渡の書類だ。
う~ん、…お気持ちは有難いけどねぇ。資産的なものを譲り受けるのは手続きが結構困難なんだよ。
ただでさえ、今の政府の管理下じゃ、血縁関係の家族制度もその大部分が廃止されてるし、個人が亡くなって遺した財産は、例外なく全て国庫金に納入される仕組みだしね?
その代わり、社会的な整備に加えて、個々の養育費や医療費とかの膨大なお金も、国があまねく公平に面倒見てくれる訳だけどさ…。
さぁて、どうしますかねぇ」
「ん~、でも、すぐ断っちゃうのも失礼じゃないかなぁ…
お礼にって、おばぁちゃんいっぱい考えてくれただろうしさ」
「確かに、だよねぇ…。じゃとりあえず、この別荘に行ってみる?
えっと権利書の住所…。あれ?この間行った海の近くじゃないかな。
まさきがあの海で出会ったおじぃちゃん達の、住んでる別荘の近くに建ってるのかもよ」
「ほんと?なんかご縁感じちゃうかも!」
「ね。明日、おばぁちゃんに相談して、近いうちに日にち決めよう」
「うん!ワクワクするね!」
「俺も。なんか、点と点がどんどん繋がってく感じでワクワクする」
一週間後は24日。まさきの誕生日だ。
折角だから、その日に。
おじぃちゃん達にも連絡を取って、一緒にバーベキューとかやって、ワイワイお祝い出来たら。
まさきもきっと喜んでくれそうだ。
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