2120年12月
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昨夜まで降り続いた雨が上がり、朝の陽射しに照らされたテーブルは、コーヒーの入ったマグカップと、ドーナツをひとつ置いたお皿だけが載っている。
「いただきます」
いつものように手を合わせ、ニュースを眺めながら、もぐもぐと口に運んだ。
毎日色んな出来事が起こり、日々はあっという間に後ろに過ぎ去ってゆく。
雅紀が居なくなってから早一年が過ぎていた。
俺は家で仕事するのをやめ、常時ミュージアムに出勤するパターンに変えていた。
やる事は無限にあるもので、蔵書整理、資料補修、広報、展示等々、日々作業に明け暮れた。
家に帰る頃にはすっかり疲れ果て、何も考えず泥のように眠るだけ。
勿論雅紀との約束を守り、毎朝、今朝もこれからだけど。
おばぁちゃんの家に行き、近所のご高齢の方達のわんちゃんを集め、お散歩するのもちゃんと日課になっている。
「ごちそうさまでした。
さ、行くか」
空になった食器を重ね、シンクに置いた。
─おばぁちゃんも、雅紀が急に居なくなったことを寂しがった。
彼はトラベラーで、別の地へ行ったんだと話すと、
又ここに来てくれるかしらとしきりに尋ねられた。
梅干しの漬け方を教えてあげたいの、とても美味しそうに食べて下さったから、と。
そうですね、きっと、また来ますよ。
俺は笑顔を作って嘘をついた。
おばぁちゃん家への道や、スーパーへの道のり。
石の階段、どこかの猫の散歩、花屋の店先を彩るポインセチア。夕暮れ、はちみつのような太陽。
もう彼が帰ってくる事は無いと分かりきっているのに、街のいたるところにまだ雅紀との記憶が残っている。
寂しさを伴わずに、それらを思い出せる日がいつかは来るのだろうか。
「ワンワンッ♪ワンワンワン♪」
おばぁちゃんちに着き、ドアを開けると、早速ポンがしっぽをブンブン振ってお出迎えしてくれる。
この子も、この一年で随分と大人びたものだ。
最初の頃はいつも飛びつかれていたからね
「よしよし、おはよ、ポン。
昨日はポンが一番だったから、今日はラストで良いかな?ほかの子たちのお散歩終わるまで、少し待っててね」
「ワン♪」
「よしよし、聞き分けも良くなったねぇ。
じゃぁ、おばぁちゃん、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
今日は小さい犬種の子たちから。
川沿いの土の道は、昨夜まで降り続いた雨が作った水たまりが所々にあって、避けながら歩いた。
雨上がりの空気は清々しくて、まさに、新しい朝が来たって感じ。
「綺麗な空」
冬にしては珍しい、青空を仰いだ。
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中型犬種の子たちのお散歩も終わり、それぞれの子のお家に送り届けて、さぁ、ラストは一番でっかいポンの番だ。
「ポン、お待たせ~」
「ワンワンッ♪」
嬉しそうにその場でクルクル回った後、リードを咥えて持って来てくれた。
「よしよし、ありがとう」
しっかり装着して、おばぁちゃんにもう一度、行ってきますって声を掛けて出発した。
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