兄さんはいつもと変わらず、んふふって笑ってる。
でも俺は、兄さんがいつも通りであればある程、なんだが胸が痛いよ…
『 もういい』なんて、自分を『喰っていい』なんて。
生死も達観してしまったあなたの言葉の影に、どれ程の思いが重なっていたのだろう。
悲しかった事も、嬉しかった事も、おしなべて穏やかに話す今のために、
どれだけ気持ちに折り合いをつけて、此処まできたのだろう。
兄さんが小学生の時にジンさんと交わした約束は未だ有効で。
もう何年かしたら約束が履行されるのが決まっているのにも関わらず、、『うん』って何でもないみたいに笑う…。
命のあるものは、皆生きようと懸命にもがくものだ。だってそれが、命というものの持つ性質だから。
だから、俺の我儘に過ぎないけれど、この世界はもういいなんて、まだ兄さんには思って欲しくない。
クソっなんで俺には見えないんだよ…っ!
それが怖いものだって何だって構わない。
兄さんと同じものを見て、分かち合えるなら!
「しょぉくん、正直、変な話って思った?」
「ううん、全く思わなかった。
ただ、、俺も、見れたら良いのになって」
「しょぉくんは優しいなぁ。でも、見えない方が良いんだよ」
横顔で少し寂しそうに笑う兄さん。
「いやだ」
兄さんの肩に腕を回し、ギュッと抱き締めた。
「しょ…しょぉくん?」
耳元で兄さんの戸惑う声がする。
「いやだ。
俺も、兄さんと同じ世界が見たい」
「しょぉくん…。あのね、見えるってことは、どこに行っても異分子ってことなんだよ?
人の世界でも、妖の世界でも、オイラはどちらにも馴染めない。
例えばさ、水に一滴落としたオイルみたいに。オイラだけ、小さく丸く浮き上がっちゃうの。振ると、一瞬は馴染む。でも時間が経つにつれて、やっぱり分離してしまうんだよ」
「…でも、それでも、いい。
それに、異分子だって言うなら、俺だって経験はある。
幼稚舎の…小学校の時だけど、俺の学校は遠くから通う児童が沢山いて。
朝もだけど、放課後も、校門の外にはぐるりと敷地を囲むようにして、お迎えの車が止まってるのが至極当たり前の光景だった。
俺は、その当時の保護者には珍しく、母も働いてたからさ。
俺だけ、迎えなんか来なくて。
何組もの親子が車に乗り仲睦まじく帰っていく姿を目の端で見送りながら、一人で歩いて、近くの児童館に通ってた。
あ、勿論それが嫌だった訳じゃないんだよ?両親の事は尊敬してるし大好きだしね。
でも、児童館にはそれこそ地元の小学生しか来なくってさ。やっぱり学校の友達同士で遊んでるし。
俺みたいに制服着てる奴なんて誰もいない。
でも、遊びに入れてもらえない訳じゃなくて、仲良く遊んだりもしたよ。だけど、その子たちにとっては、結局俺は外様なんだよな。
児童館でも、放課後の学校でも。俺はどっちの世界でも外様だった。
塾に通うようになってから児童館には行かなくなったけど、その後も『この人たちのいる世界と俺はちょっと違うのかなぁ 』って思う機会は何度かあった。
でも、そのうちさ、それでもいいかって。
異分子は異分子のままだけど、そういう俺だから分かったり、出来る事があるんだって思えるようになった。
智くんの経験と俺のそれとは、深刻さが全然違うと思うけどさ」
「ううん。しょぉくん…。ありがとう」
「見ようと思ったら見えるような単純なもんじゃないって事は分かってるから。
だから、せめて力になりたい」
「…そんな風に、言ってくれる人もいるんだな…。
ごめんオイラちょっと驚いちゃって…。
ありがとう、とりあえず今は…、びっくりしちゃってて。」
「ううん、…あっと、ゴメン!苦しかったでしょ」
ずっと兄さんに回してた腕を解いた。
「あ、ううん。ありがとう。上手く言葉が出てこないな…。ほんとに、ありがとう」
兄さんは、頭を搔いて、ふにゃんと柔らかく笑った。
「じゃぁ、今度はしょぉくんの番ね」
「う、うん。」
あ、その前に、
「話の前に、ちょっと準備先にいい?着てきた服、借り物だから返しに行かなくっちゃ。忘れないうちに用意しとく」
浴室に掛けていたシャツとズボンを持ちに行き、そっとリビングを伺うと、3人ともまだテレビに夢中になっていて、ホッとした。
兄さんの作業部屋に戻ると、
「ちょっとアイロンかけたほうがいいだろ?」
って、引き取った。
そして、シャツを広げると、固まって。
「どしたの?」
「このシャツのボタン…殆ど飛んでるぞ
しょぉくんケガ、ケガしてんじゃないのか?」
真っ青になってる。
「大丈夫、平気。俺は大丈夫」
「よかった…。何があった?」
兄さんから向けられた真剣な目が、正直に全部話せと言っている。
心配を掛けてしまうのを懸念してたんだけど…
「分かった。ちゃんと話すね、全部」
腹を決めて、兄さんに向き合った。
💙❤💚💛💜
