「踊る大捜査線」の新作の制作が進んでいるというニュースが雑誌の報道やニュースが流れてきた。「踊る」は自分自身最も熱狂したシリーズだったのではないかと思う。映画3作目までは総ての映像ソフトを購入したし、「交渉人真下正義」のスカパーの特番を総てタイムテーブルに載っていない番組まで録画したほどであったが、実はテレビシリーズはリアルタイムでは視ていない。ちょうど主任試験や管理職昇進研修の頃で残業と夜の街への日々だった。
ハマりだしたのは映画化が決定して再放送が始まってからだった。そもそも企画段階で刑事のバディ物の進化と警察官僚、キャリアとノンキャリア、の話を盛りも込もうという事があったようだ。
その中でもハマったのが警察組織の特殊性をほぼ正確に描いたことだった。日本の官僚システムが厳しい縦社会であるのは有名だが、警察組織は特に他省庁と更に厳しい縦社会である。まず、警察組織以外、国の組織と都道府県の組織人事が一部キャリアの出向を除いて分けられているのに対して、警察組織では警察庁は当然として地方組織である警視庁を始め道府県のトップは国家公務員一種合格し警察庁に採用されたキャリア組に占められる。都道府県警察で採用された地方公務員の警察官はよほどのことが無い限り部長にも課長クラスになれない、国家公務員が地方組織まで占めている組織である。どんなに優秀で手柄を立てて、人望があり上司の覚えも高く運があっても、1つか2つしかない無いポストに着ける可能性は極めて低い世界なのである。
「踊る大捜査線」では、これまで刑事ドラマの中で曖昧でいい加減だったキャリアとノンキャリアの関係と更にキャリアの中でのヒエラルキーを描いたと思う。基本構造は警視庁に採用された、民間企業に就職してから警察官に転職した青島俊作と国家公務員一種に合格し警察庁に採用されキャリアには数少ないポストの警視庁刑事捜査一課の管理官である室井慎次とノンキャリア叩き上げで定年間近の和久巡査長、青島と和久のバディと恩田すみれと柏木雪乃のラブストーリーの仕込みに湾岸署の管理職と真下正義のお笑いパートで作られていた。特に警察マニアとしてはキャリアの出世やヒエラルキーを描いてくれるところに惹かれた。今になって思えば「踊る大捜査線」はTVシリーズの最終回の室井さんが唯一笑うシーンで完全完結したと思う。その後の「歳末」「初夏」「秋の」は余話として面白いが、その後の映画版以降はキャスト同じであるが別次元のパラレル世界の話になってしまった。
TVシリーズと特番2作までと映画1作目まではギリギリでリアルに描いていたが、亀山Pも脚本の君塚良一さんも警察官僚のリアリティを描くより、話の面白さを優先することにしたのだろう。警視庁のキャリア官僚は試験が無く年数で昇任していくが、ありえない役職についているようになった。室井さんが警視正なのに管理官だったり、警視庁と警視庁の役職が滅茶苦茶になったり、キャリアがなることが無い警視庁刑事捜査一課課長に、キャリアである、競馬コンシェルジュ支配人の小木茂光さん演じる、一倉正和警視正が就任してしまう極め付けは「踊る」のキャリア組でエース格だった新城賢太郎が警視監が就く最低ランクの宮城県警本部長に降格という描き方までされる全く事実と異なるところまで行ったいってしまった。
「踊る大捜査線」は青島、室井、和久の奇妙なトライアングルバディこそが根幹だと思う。和久平八郎を演じたいかりや長介さんは鬼籍に入ってしまった。室井慎次も映画で死んでしまった。この2人の居ない「踊る大捜査線」は踊る大捜査線といえるのであろうか?織田裕二演じる青島俊作は出てくるが、室井さんと和久さんが居ない「踊る大捜査線」は薄っぺらい湾岸署と警視庁がバタバタする話になるではないかとなと思ってしまう。
