これだけ競馬にどっぷり浸かっている私だが、競馬より麻雀方が大好きである❤️

大学生時代はサークルと麻雀で回っていたと言って過言ではない。とても親には言えなかったが1年の必修の一般教養が毎年木曜日の4限に固定だったのだが、その時間は南風荘で麻雀を打っている時間だった。卒業するには絶対取らなければならない単位だったので再々履でやっと取れたが出席数は足りず、当然成績は「可」であった。

「南風荘」は国道246号を駒沢公園通りに左折してすぐのパチンコ屋の2階にあった。当時三軒茶屋から駒沢大学の間には自分が知っている限りでも10数件の雀荘があったが、入ったことがあったのは3、4軒ぐらいである。それも先輩が行ったことがある雀荘で、その他は昼だったら雀荘だと分かるが夜には看板に灯りが点かず、入り口のドアからもやっているかやってないか分からないどんな人達が打っているのかも想像できないような雀荘であった。

南風荘は、場所柄大学生の多い雀荘だった。セット麻雀が基本で1年生の頃はまだ平卓があって1時間1人150円、自動卓が1人250円だったと思う。入店すると緑茶とひねり棒が出てくる。1時間するとミルクティ、2時間するとコーヒが出てくる。麻雀飯は出前も出来たが、自家調理でポークジャンジャー定食とハンバーグ定食各500円が大人気だった。麻雀を全くしないのに我々の麻雀にかこつけてポークジンジャー定食とハンバーグ定食だけ食べにくる人達までいた。

3限終えたころに南風荘に行くと大概サークルの人が1卓は囲んでいた。半荘ごとに1人が抜け番になって打っているうちに、3人が次々現れ2卓を囲む。どうしても面子が1人足りないとアルバイトの3人いる女の子が入ってくれた。我々は“南風ギャル”と呼んでいたが、彼女ら相当麻雀が上手かった。ほぼ振り込まない、トップを取らない、確実にプラス目で2着抜けでしていく。

うちのサークルのルールは完全先付けと役確定の上がり、喰いタン無し、槓裏無し、南4局終わりで1着が33,300点を持っていなければ西入、1着が33,300点以上で4局目を持ってなければどこまでも終わらなかった。自分の経験では返り北まで終わらなかった。

雀荘は風営法にしばられていて、夜中0時越えると営業してはいけないのだが南風荘ではカーテンをガッチリ閉めてくれて終局まで打たせてくれた。最後まで付き合ってくれた親父さんと奥さんもなんとも難儀なことだったのだろう。違法営業なのによく付き合ってもらったと今でも感謝しきれないほどである。

さすがにあれだけ学生の麻雀のために損得抜きに安価に営業してもらったこと、麻雀が下火になったこと、親父さんか奥さんが急死したので閉店したと聴いている。

げんざい、ネット情報では南風荘のあった場所は「ジャンリーグ駒沢」という雀荘として残っているようだ。どんな雀荘で存在しているのか分からないが、新村さんと鈴木さんと内藤さんと塚田と俺で0時まで打ち続けたいと思っている。