マザー・イン・ザ・ハンティング・グラウンド 感想① | 木島亭年代記

木島亭年代記

東北在住。
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無料公開されてる小説。

あまりネット小説は読まないのだが、目につく機会があったので読み始めることにした。一体全体どういったテイストの話なのかも、どのくらいの長さの作品なのかもよく知らないし、そもそもジャンルも分からない。こういう情報がない状態で小説を読むと言うこと自体がえらく久しぶりな気がする。それ故、読み終わらすことが果たして可能なのか、一抹の不安を残す。


さて、第一話だが、章タイトルにもあるように、熊取谷潤という少年の一人称でお話は語られる。熊取谷と書いて、"いすたに"と読むらしい。ちなみに名前は"じゅん"ではなく"うるう"と読む。


うるう君は、母親と二人暮らしだ。高校生の彼はどこか世間と…もっと言えば世界と馴染めないでいる様に見える。原因は母親であり、汐乃という。元々マタギをやっていた彼女は狩猟にとり憑かれている。その生業のせいで身体中に無数の傷がある。狩猟は彼女にとって、仕事という範疇を越えていて、人生そのものの手段となっている。力によって奪うこと、自分の欲望に忠実であること、弱者をいたぶること。それは、現代社会にある狩猟という文化ではなく、原初的な意味での狩猟であり、暴力そのものであった。


カウンセラーにうるう君は、自分の母親について話す。

「ぼくを産み落とす前に、母は手負いの熊に追いつめられて足を踏み外し、山から転げ落ちました。(中略)奇跡的に意識が戻ったときには左の手首と右の腓骨、それに三本の肋骨を骨折している状態でした。腓骨は開放骨折で、見下ろせば狩猟パンツの横側から白い骨が飛び出ているのが見えたそうです。(第1章より)」


そもそも身重で熊を追い続けるという時点でかなりエキセントリックなわけだが、彼女の強烈なキャラクターはこれにとどまらない。自分の欲望を叶えるためには、ありとあらゆる手段を用いる。その様は獣…否、獣はもっと抑制がきいている…人間という生き物を突き詰めた存在といった方が良いかもしれない。哀れで愚かな人間の純粋な形。我々はこういう醜悪さから逃げ出すために、倫理やら共感性やらを手にいれてきたのかもしれない。


さて、その母親の影響をもろに受けざるを得ないのは当然のことながら子供たちだ。ここで描かれる彼と彼女(うるう君には姉がいる)は親から愛情らしい愛情はあまり得られない。様々な意味での暴力に、理不尽さに、曝され、傷つく。姉の方は一足先に家から逃げ出していた。彼女は年上だったし、また女性でもあった。この物語の主題のひとつは、男尊女卑的な価値観、男性優位社会に対する批判であり、その醜悪なシステムを体現しているのが汐乃という女性であるという複雑な構造になっている。汐乃は娘である千鶴に対して、うるう以上に見下した姿勢を見せる。とはいえ千鶴という女性は強い。普通、こんなイカれた親に育てられたら、社会にまともにコミットできるようには育たない。畏縮して塞ぎこむ。だが、彼女はそこから自ら脱出し、自らの幸福を手にいれる。時に悪鬼羅刹の様な母親に対峙して。それは汐乃にはわからない種類の強さだ。


物語はうるう君が、精神的に母親に崩壊させられた彼が必死になって立ち上がるものになっている。彼は無傷ではないが(むしろボロボロになりながら)、山をひとつ乗り越えていく。乗り越えたところで平穏がある訳でもない。でも、それでも生きていかねばならない。それはひとりでやっていくにはあまりにタフでハードだ。彼は、山を乗り越える上で様々な人々に助けられる。


物語の語り部はうるう君だけではなく、他の登場人物に視点が移っていく。それぞれ魅力的なキャラクターで、その辺の感想はまた今度。


第一章 熊取谷 潤 (15) | はまりー #pixiv https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13567486