2020年以降、生き方が著しく変わってしまったという人が多いと思います。

 

その時に何が起こり、そこで何を見てきて、自分の人生がどう変わったかという事については、個々人で様々なはずです。

 

ある意味、この時期以降、様々な人々が、自分自身の本質を少なからず表に出して、生きるようになってきたように思えます。

 

その2020年以降の新しい生活に関して、以下のような事を中心に、人生を再設計していくと、何かと新しい時代が開けていくように思えます。

 

 

 

新しい世界での生き方

 

  1. この世界の嘘と真実をなるべく深く理解する
    1. 歴史の嘘
    2. 地球の形の嘘
    3. 医療の嘘
    4. 食生活の嘘
    5. お金至上主義の嘘
    6. 弱肉強食の嘘
    7. 唯物論・スピリチュアルの嘘
  2. 生活を変えていく
    1. 病院に行かない、外科以外は特になるべく行かない、薬に頼らない。
    2. 化学調味料・添加物排除、糖質制限、ヴィーガン、断食、一日一食等で毒性の少ない食生活を実現し、肉体と精神を健全に保つ。
    3. お金を優先する考え方を捨てる。
    4. 周囲との比較での競争に人生をかけるような、人生をどぶに捨てるような生き方をやめて、自分の好きなことに集中して生きる。
    5. 強いものが弱いものを搾取してよい等という、野蛮な考えを捨てて、助け合いの精神に生きる。
    6. 心や魂を無視している唯物論的な考え方を捨てる。
    7. 宗教や一部のスピリチュアルリーダーを鵜呑みにして、精神的な奴隷になることをやめる。その一方で、自分自身のインスピレレーションを信じて、恐れずにインスピレーションに従った行動を行う。
  3. 既存のインフラや概念も活用する(移行期には仕方がないので)
    1. お金自体は現状不可欠だし、有効に活用することもできる(しかし、お金に魂を売ってはいけない)
    2. 権利の侵害、犯罪、明らかな法令違反で被害にあった場合は、警察、公共機関、司法機関を活用する(正しく活用するための知識や専門家の助言を受けられるようにすることも必要)
    3. インターネット等大規模資本が支配している世界ではあるが、そのインフラも有効活用する。
 
このように、2020年以降の気づきが促進されている世界で、まっとうに生きていこうとすると、かなり自発的に様々なことを学び、自発的に自分の食事を中心とした習慣を変えていき、その一方で、既存の枠組みの範疇にある各種インフラも有効的に利用していく必要があるという事がわかります。
 

 

なぜそんなに生き方を変える必要があるの?目的は?

医療の嘘、食事の嘘、歴史の嘘といったことを見ていくと、自分たちが根本的に騙されていて、今も昔も、多くの私たちの仲間たちが、意図的に薬害(癌・糖尿病の治療)や毒まみれの食事で殺されていて、戦争も国同士の戦いではなく、これら社会の仕組みを作っている上層部、あるいはその上の階層が意図的に、庶民を削減するために実施している惨殺イベントだという事がわかります。

 

私達は洗脳されて、奴隷のように動かされていて、かつ、その結果は、あらゆる搾取であり、惨殺だったのです!

 

この様々な嘘や偽りというのは、直接的に私たちに被害をもたらしている嘘であり、その嘘や偽りが唯一の真実であると洗脳されている私たちは、文字通り奴隷で、それは、洗脳の賜物でもありますから、自発的奴隷とでもいえるような、救いようのない状態だったというのが、2020年までの、この世界の実情だったというわけです。

 

2020年以降、多くの人たちがこれらの嘘に気が付いてしまったわけですから、必然、その嘘や偽りの情報を捨てて、本当に自分たちのためになる、皆が幸せになる生き方に、ひとりひとりが変化していかなければいけないのです。

 

 

なぜ既存の支配階級が設置したシステムを活用する必要があるのか?

本来、私たちは、例えば明日から、人間の全員がお金を使う事をやめて、あらゆるルールや税金もなきものとして考えて、それぞれの生産しているもの、持っているものなどを無償でとり放題にしてしまえば、現在存在するお金やそれを管理するバカバカしい本当のコスト、労力や、資源の浪費がなくなり、いきなり生活が楽になり、天国のような状態になります。

 

しかし、そのような変化というのは、いきなり全員に起こるものではなく、せいぜい気が付いた人たちの一部が、徐々に徐々に増やしていくしかないような代物です。

 

そうなってくると、そのようなアイデアを流通させ、拡散させ、実施する人たちを徐々に増やしていき、それらの人たちがコミュニティを作るような、長い長い時間のスパンでの変革になるのは避けられないものなのです。

 

歴史や地球の形の嘘、医療や食生活の嘘、弱肉強食や貨幣経済の嘘を色々な人が認識するためにも、やはり、少なからず時間がかかるものです。

 

そうなってくると、その間は、結局のところ、現存の情報や行政のインフラに頼らざるを得ない面が出てきます。

 

それは、お金であったり、各種の行政サービスであったり、インターネットのインフラであったり、裁判所であったりです。

 

もちろん、これらの組織が散々に汚職や癒着にまみれて、人殺しの手先としての機能を存分に発揮してはいます。しかしその一方で、現状のシステムを運営するインフラとしての機能も果たしているのは間違いありません。

 

 

 

既存の権威を直接的に攻撃するタイミング

 

当然、これらの組織やインフラが私たちの権利を直接的に侵害してきたり、不当に金を徴収したり、理不尽な要求をしてきたりする場合は、少なくともしっかりと、不平を言う必要がありますし、場合によっては、出るところに出るという事も必要です。

 

わかりやすいのは、ワクチンによる薬害であったり、以前であればマスク強制による人権侵害です。

 

しかし私は、ワクチンでは直接的に被害にあっておらず、自分の知人でもワクチン被害でひどい目に合ったので、なんとか状況を変えたいといったような意志を持っている人がいません。

 

ですから、私は今のところ、直接的にワクチンやその他の公共的な被害に関して、直接的に、加害者たちを訴えるような活動は行っておらず、純粋に言論面で、明らかにおかしな対応をしている病院や、行政、マスコミ、製薬企業などを叩きまくっているにとどまっています。

 

実際のところ、個人レベルでは、薬害や食事の被害は、それらを避けるという事で、被害を受けずに済みます。

 

今のところ私が行っているのは、そういった極悪な組織に関わらないという事と、それらの組織が極悪であるということを周囲に伝えること。そして、組織自体は極悪でも、社会インフラとして機能しているものについては、活用するという事です。

 

 

 

権利の侵害があるのは権威的な組織だけではない

 

日本においては、人権や個々人の権利の意識というのが非常に薄いようで、何かというと、そういった権利を簡単に無視してくる輩が非常に多いというのが現状です。
 
マスク警察の問題や、職場でのワクチンのほぼ強制接種のような状況も権利を完全に無視していますし、個人レベルでも、自分が他人の権利を明らかに侵害しているという事に気が付かずに、繰り返している人たちがいます。
 
驚いたことに、これらの人たちや組織というものは、わかりやすく、それが間違っていると説明しても、意味が分からないらしく、自分が他人の権利を侵害しているという事を認識できません。
 
そして、法律や司法の制度というのは、基本に、個々人の権利を守るための、調停機関という面があります。
 
確かに日本、あるいは世界中の司法制度は、金や権力で汚染されていますが、それでも、そのインフラを使って権利が侵害されているという状況を回復するのは、現実的な方法です。
 
私はロシアで勤務している際に、1億円以上の不当な税金の徴収を強いられた日本企業で、その税務署側の決定を覆す訴訟を起こして(最後まで私は関与はしませんでしたが)、勝訴にもっていくという仕事をしていたり、日本でも法務的な業務に携わるなどして、汚職に満ちた司法であっても、しっかりと権利を守る機能を果たしているという面があることを、よく理解しています。
 
それは、ここまで、明確に糾弾してきたマスコミ、その他の一般企業といった部分でも、正しい部分と、完全にDSに乗っ取られて、操られている部分という二面性を持っています。
 
そして、泥棒や人権侵害、詐欺的な行動、明らかな誹謗中傷というものは、思いのほか、公的機関によって行われているのではなく、身近な一般人によって行われている場合が多いのです。そのような権利の侵害を許してはいけないというのは、国家権力による権利の侵害を許してはいけないというのと同等ですし、国家権力に直接的に権利を侵害されていないのであれば、むしろ、身近な権利の侵害こそが最大の問題だという事も、認識したほうがいいわけです。
 
その身近な権利の侵害を放置しているのが、実はこの日本での最大の問題で、日本人全体が、全体主義で、上の人間のいう事を聞くだけの土人と言われてもしょうがないゆえんでもあります。
 
パワハラ、モラハラの上司や配偶者を放置して、被害者になっているのは、自分自身が自分の権利を大切にしていないからです。
 
そんな職場や婚姻関係はさっさと解消すればいいですし、明確な被害を受けたのであれば、出るところに出て、自身の人権侵害について白黒つければいいだけの話です。
 
そういったことを一人一人が行う事で、今のような奴隷国家日本をまともな自由な人間の住める場所に変えられますし、皆さん一人一人が、自身の権利を主張して、権利を侵害した人間をしっかりと、現行の司法のインフラを使ってでも、正すという事自体が、この日本を正常化させるための一助となります。
 
皆さん一人一人が、権利の侵害を行っている人間をただすという事こそが、結果的にこの日本のためになるという事です。逆にそれができずに、権利の侵害を認めているという状態は、いつまでも奴隷国家を持続させる、片棒を担いでいるという事になります。
 
身近な権利の侵害、皆さんも行動したほうが良いのではないでしょうか?
 
世界的、人類的な嘘に気づいて、生活習慣を変えていくうえで、自身の権利の侵害を見逃すというのは、明らかに間違っています。

これまで、ほとんど取り扱ってこなかったテーマですが、今日は恋愛について書いてみます。

 

私は、自分歴の中でモテていた時期というのがほとんどない、陰キャラ側の人間ですから、自然と恋愛経験は限られているのですが、その限られた恋愛経験は、かなり運の良い出会いに恵まれていました。

 

これは、女性から私心を除いて、純粋に愛された経験があるという事です。私はまだ若かったころに、純粋に女性に愛された経験を持ったことで、それまで非常に傷ついていた自分の心の部分が強く癒すという事ができていました。

 

 

 

男性が女性のパートナーに求めているもの

 

多くのモテない男性がそうだと思うのですが、男性は女性に純粋に自分だけを愛してくれている人というものを求める傾向があります。ただ、その男性側というのが、そのような女性からの愛情について、わがままに、搾取するだけでもいいかのような傾向があって、そのような態度、関係性というのは、ちょうど母親と子どものような関係に似ているとも思え、男性はある種パートナーに対して、母親が持っているような寛大さと愛情を求める傾向があります。

 

もちろん、そんなことは関係なしに、単にかわいい、美しい、自分の見栄になる、という事を求めるだけの男性もいるでしょうが、そのような自分勝手な愛情を求める男性も割と多いと思います。

 

 

 

なぜ素晴らしい女性に出会えるのか?

 

私自身が、なぜ素晴らしい女性と出会えることができたのか?と考えると、私自身の女性に対する、残念なことなのですが特異といえる観念に全てがあると考えています。

 

私が恋愛で実現したい事とは、純粋に、相手の女性を愛したいという事なんです。そして、私は女性が根本的に好きです。

 

私は、その若いころからいくつか人生を重ね、自分もまた恋愛や結婚に失敗したり、周囲の人たちの状況を垣間見る中で、何とはなしに結論めいたものを見つけることができました。

 

恋愛のポイントというのは、いかに自分がその相手を愛することができるか、相手を喜ばしたり、幸せにすることができるか。できるかというよりは、喜ばす、幸せにするということが、目的であるべき、ということでした。

 

 

なぜ素晴らしい恋愛がかくも少数なのか?

 

非常に単純なことで、男女お互いが愛し合い、認め合い、喜ばしあい、幸せにしあうという事ができれば、間違いなく良好な関係性、良好な人生が実現します。

 

ところが、現実には、結婚してもいがみ合い、お互いの愚痴をそれぞれに言いあい、いつの間にか結婚生活は主導権の取り合いや、ただの一つの経済ユニットの運営になり、お互いを愛し合っているという自覚も感覚もなくなってしまう、それが多くの男女関係の行きつく先ではないでしょうか?

 

また、私達よりも前の世代であれば、家族制度こそが最も重要で、家長である父親が絶対的な権力を持ち、母親がお世話係のように面倒を見るというのが、当たり前とされています。そのような関係性の夫婦はいまだに存在していますが、どう考えても、誰も幸せにはなりません。ご自身のご両親や祖父・祖母の関係性を目にしていた皆さんなら、かわいそう、という言葉が頭に浮かぶのではないでしょうか。

 

なぜ、素晴らしい恋愛がかくも少数なのか? それは、ほとんどの場合、私たちの恋愛観というものは、相手を愛するという部分に焦点がいっておらず、いかにその相手が自分にとってよいものかどうか、というその一点に集中しているからです。

 

 

 

男性や女性をランキング化したり、評価したりすること自体が大問題

これまで、私たちの文化は、なんでもかんでも評価し、勝ち負けとして数値化したり、お互いに比較しあって、なにが優れているか、劣っているか、ということをひたすら追求するものでした。

 

その弱肉強食、優生学的な価値観、文化というのは、個々人の恋愛の世界にまで侵入してきていて、何かといえば、芸能人をランキング評価したり、進学先、就職先をランキング評価したり、結果的に、そのようなランキングで人間を評価するという事になっています。

 

ですから、結婚をする場合には男性の評価軸の主要な部分は年収となり、女性の評価軸の主要な部分は容貌や年齢となります。

 

知らず知らずに、恋愛の「好き」という感情さえも、肩書や将来性、見てくれといったもの、しかもそれは、周囲と比べてその個人がどのランクにあるか、という事を基準に選択しているという状態になっています。

 

「私はあの人が好き」「私の好きな人はあの人」という感情を持つ場合に、一体その人の何を見て、好きだと判断しているのでしょうか?もちろん、相性や諸々の感情的な部分が影響を与えるものではありますが、周囲との比較でのランク付けで相手を評価している場合が非常に多いです。そしてこれは、別にランク付けでトップを好きになるというわけでもなく、ランク付けでこの辺が自分にとって、一番いいな、という部分を選ぶという性向さえも含んでいる感覚ですので、お間違えないようにしてください。

 

そう、このようにパートナーを選択するというのは、明らかに相手を愛したいという動機ではなく、自分にとって相手がどれだけ有益か?ということだけにフォーカスした姿勢ですので、お互いに相手からの利益を得ることに集中しているのであれば、当然のように、徐々にそのエゴ同士がぶつかり合うようになり、関係性が崩壊したり、相互搾取状態で恋愛感情が消失したままで、無為に関係性を継続することになってしまいます。

 

 

 

じゃあ、どうすればいいのか?

タスクの目的は非常に明確で簡単です。自分が愛することができて、そして相手が自分を愛する準備のある人を探して、仲良くなるだけです。

 

これはある種、男性でも女性でも同様です。

 

そして、男性の方がこの作業は実は楽のように思えます、それは私自身が、自分を本当に愛してくれるパートナーを複数回見つけることができ、大変幸せな時間を過ごしたことからも明らかです。私が全くモテないタイプだったのにです。

 

それはどういうことかというと、女性の方が、パートナーに愛をささげるということを自然にできる人たちが多いからです。女性の愛情は、母性と言われている通り、そもそも与える愛情です。確かに、現状では、多くの女性が、男をランキングで評価し、将来性や収入で分別し、自分自身にとって都合の良い相手を見つけ、その通りに実行している人が大半ではあります。しかし、そんな中でも、いまだに男性に愛情をささげることに喜びを感じる女性がいます。それは、女性の本質が、そのようなものなので、そういった女性に出会う頻度というのは、そのような男性に出会う頻度よりもずっと高いからです。

 

一方男性というのは、幼少期からずっと、戦い、競争ということを好んで育っています。その根本にあるのは、自分こそが勝利者になるという観念です。そして、子どもを産むような機能もなく、ただただ腕力が強いだけという男性の性質ですから、相手を愛することを目的にする、などという恋愛観をもった人間というのは、レアな存在だという事になってしまうわけです。

 

 

理想のパートナー(ツインレイ)の探し方とは?

 

 

運よく、この記事を読んでいる男性が、相手を愛したいというその一心で、パートナーを探すようなタイプなのであれば、「相手もパートナーを愛することを目的にしてくれるのか」という部分に気を付けて女性パートナーを探していけば、遅かれ早かれ、その相手は見つかるはずです。女性は根本的に相手を愛するということができる存在だからです。

 

その一方で、女性がその男性のパートナーを探そうとすると、これは非常な困難を伴う事になります。先ほども申しあげたとおり、男性は性質上かなりエゴイスティックだからです。

 

しかし、それでも女性側は、イニシアティブをもって、まともな男性を探す役割を持っています。なぜなら、女性のほうがインスピレーションが強いからです。

 

しかし、このインスピレーションも、トラウマがあったり、添加物まみれの食事、糖質まみれの食事、動物虐殺行為の末に食卓に上がっている動物の屍の食事などをとっていたりすると、マックスインスピレーションが弱まり、かつ、欲や弱さにまみれた人間性に、自分がなってしまうので、相手を愛するという事も、愛してくれる相手を探すという事も困難になってしまいます。

 

女性読者の皆さんが陥っているジレンマとは、そこにあるのではないでしょうか?

 

素晴らしい恋愛関係築くカギとなるのは、女性です。女性が、トラウマをしっかりと浄化し、毒のたまらない食事を実行し、心身ともに穏やかになって、松果体の機能を最大限発揮して、パートナーをインスピレーションで探すことができるようになったら、そこには理想のパートナーが現れることになります。その相手とはツインレイのパートナーである場合がほとんどでしょう。

 

そして、過去の経験でさんざんに男性に搾取されていたり、今現在も結婚生活で、男性の横暴にさらされていたとしても、そのような奴隷従属型の人間性は二度と構築されませんし、今ある横暴な結婚生活も、即座に打ち切り、離婚して新たな人生を再スタートすることができるようになるでしょう。

 

そう、理想のパートナー(ツインレイ)の探し方というのは、特に女性が、水断食、添加物なし、糖質制限、ヴィーガンといった食事で肉体と精神のデトックスを最大化させるとともに、人生で最も大きな問題である幼少期やその後の人生で蓄積した心のトラウマを解消していくことです。そうすることこそが最短距離で、ツインレイを見つける方策であり、同時に、唯一の方法となります。

 

その方法は動画5本にまとめてあり、大変おすすめです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マッドフラッド フラットアース エンドゥ一日一食 OMAD (目標)【マトリックス突破編】というYouTubeチャンネルを運営しています。ちょうどYouTubeをはじめてまるまる4年がたとうとしています。

 

このチャンネルでは、健康、スピリチュアル、歴史、フラットアースというように、非常に幅広い真相論を扱っています。

 

そんな中でも特に動画の本数が多く、代表的な分野がマッドフラッドという、歴史の嘘を暴く分野です。

 

 

マッドフラッドとは?

 

マッドフラッド、Mud Flood 泥の洪水です。 MADでもフラットでもありません。多くの方が間違えていますが、マッドフラッド、泥の洪水です。

 

泥の洪水。

 

泥の洪水を伴った世界のリセットが、200年前あるいは500年前、あるいは、その両方の時期に起こっていたのではないか?という研究です。

 

もしも、この話をはじめて聞いた、見たという方がいましたら、「なんじゃそりゃ?そんなわけ、ねーじゃん」と思うはずです。しかし、この説の恐ろしいところは、その痕跡、証拠、そして何よりも、無数のナンセンスな歴史の捏造が大量にあるという事実にあります。

 

よく見るYOUTUBEチャンネル

これがそのチャンネルで最も視聴回数の多い、マッドフラッド動画です。一時間の長編ですが、ショックすぎる内容です。

 

 

他にも、このチャンネルではおよそ200本ほど、マッドフラッドや歴史の嘘を追求する動画が公開されています。

 

 

世界中に一階部分が埋まったレンガの建物がたくさんあります

 

世界中に、建物の一階部分が埋まった建物が、当たり前のように建っています。

 

そして、その一階部分とは、時に、窓や扉の部分がそのまま埋まっていたりします。

 

この建物が埋まっているという状態については、公式の歴史家たちもその見解を示していて、彼らによれば、100年でおよそ1メートルほどチリが積もる現象があり、そのような塵の堆積は「文化層」と呼ばれているといいます。

 

その文化層があるため、200年、300年前に建てられた建物であれば、2メートル、3メートルほど埋まり、入り口がふさがれているのも当たり前だというのです。

 

しかし、これは非常に奇妙な説で、例えば、皆さんが子どもの頃、小学校なんかその頃のままのものが、今でも残っているとは思いますが、20年、30年たって、塵が20センチでも、なんなら10センチでも積もっているでしょうか?

 

昔の環境というのは、今とは違って、放っておくと、都市部なんかでも塵がそんなにも積もり続け、建物の中になんなら入れらられないようになるほどのものだったのでしょうか?

 

ありえないでしょう。塵が自然と100年間かけて、1メートルも積もり続けるという事は、あり得ません。

 

あり得るのは、何らかの自然現象で、一気に1メートル以上の土、粘土層が積もるという事です。

 

この一階部分が粘土層で隠れている高さというのは、通常、5メートルから8メートルの高さがあります。

 

こういった建物が建てられてから、それ以降の時期に、5メートルから8メートルの粘土層が堆積するような自然災害があったのだという事が、自然と推測できるわけです。

 

こちらの写真をご覧ください。ロシアのある町の工事現場の写真です。

 

ヤバさがわかるでしょうか? 土に埋まっていた部分に、上の階と同様の窓の痕跡があります。

 

これもです。

 

こちらは、モスクワです。

おかしな高さに、扉が後付けで設置されているのがわかります。

 

こちらはパリです。

不自然な地下構造が、地上の建物と同じくらいの深さ存在しています。

 

 

 

日本でもマッドフラッド?

 

ちなみに日本でも関東ローム層という粘土層が存在していますが、こちらは、ロシアのマッドフラッドの粘土層の深さと同じ、5メートルから8メートルあるといわれています。

 

ロシアで、レンガ造りの建物が埋まっているのと同じ深さの粘土層が日本にあるというのであれば、その日本の粘土層が堆積した時期も、ロシアでそれらのレンガ造りの建築物が建設されたよりも、後の時期だったのではないか?と推測できます。

 

子どもでも、推測できます。

 

これは横浜の根岸競馬場近辺の公園です。

 

アーチの窓、扉のような部分がわざわざコンクリで埋められていて、その上が地面になっています。この構造物分段差になって、地面が続いていますが、構造物自体が、さらにこの下の地面よりしたに続いているような印象を受けます。

 

横浜の別の公園では、こんな溶けたレンガの構造物の一部が残されています。レンガというものは、かなりの高温でなければ溶けません。いったい、これらのレンガが解けるような何が、この横浜で起きていたのでしょうか?

 

大正時代の、焼失した横浜駅。

 

横浜駅は焼失したそうですが、二階部分よりも一階部分の方が低いという造りがアンバランスに感じないでしょうか?

そして、思い出してください、世界中で、レンガの建物が埋まっています。同じようなレンガの建物が、同じように世界中で埋まっています。

 

明治、大正期に必死になって、西洋風の建築技術を学んでたくさんの見事なレンガ調の建物を、日本人の技師が建てたという事になっていますが、これまた不自然なほど、同様の建物を、昭和以降に建てることはなくなっています。

 

なぜ、そのような素晴らしい技術を捨てて、ペラペラの建物ばかりを建てるようになったのでしょうか?

 

これも横浜ですが、以前はこれほど見事な建物を、日本人は建てていたというのです。

 

こちらは九州の門司港です。

埋まっているとは言い切れませんが、見事な建築です。

 

門司港の鉄道駅です。

 

不自然に見えないでしょうか?こちらの建築も、現代では再現されることのないものです。

 

日本だけではなく、世界中でこのようなレンガを使った(表面のコーティングの中がレンガである場合が多いです)建築物は、リノベーションはされますが、一から建設されることはまずありません。

 

 

この建物も見事ですが、その建物がたっている石垣上の水路、この水路も一体、いつどのような存在が大規模工事を、日本中で行ったのでしょうか?

 

私達が教えられている歴史には余りにも多くの嘘と捏造が混じっているようです。

 

今日は、シカゴの町の歴史の嘘なども、知ってみませんか?

 

皆さんの価値観、歴史観が変わるきっかけになるでしょう。

 

 

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