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撮り歩き写真館

風景、人物、スナップなどジャンルにとらわれず撮り歩きます。

  蓮の花

 埼玉県行田市の古代蓮の里が見ごろを迎えた。14ヘクタール(東京ドーム約3個分)の園内には古代蓮(行田蓮)始め42種類、12万株の蓮が咲き誇っている。行田蓮は近くの工事現場で発見された約3000年前の種子から自然発芽したのが始まりだった。

 如来像はなぜ蓮華座の上にお立ちになっているのか。天台宗の教えの中に「煩悩即菩提」という言葉がある。蓮は濁った泥池の中で育ちながらも清廉な花を地上に咲かせる。濁った泥池の中にも清らかな花を咲かせる。煩悩さえも菩提を求める活力にするという意味だ。

 死後のともに極楽に往生して同一の蓮華に身を託すという意味の「一蓮托生」(広辞苑)という言葉もある。



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    約12万株が咲き誇る蓮池

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        自然の作りだす色はほんとうにきれいだ

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   光を透かして鮮やかに咲く


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    開花を待つ

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    極楽に咲く花

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      最後のひとひら

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蓮のお舟でひとやすみ 


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    睡蓮は葉も花も水面より上には咲かない


佃島 念仏踊り

 中央区佃の盆踊りに行った。この盆踊りは長い歴史を持っており、別名佃念仏踊りとも呼ばれている。摂津の国住吉神社に家康が参詣する折り地元攝津の漁師たちが家康一行を漁船で渡したのが機縁となって天正年間1590年家康江戸下向の際攝津佃の漁師たち33人が隅田川の砂洲に移り住んだ。その後砂洲を築地(干拓)し、漁業権を与えられ徳川幕府の庇護を受けたため当時の佃の民は羽振りが良かったという。

佃の踊りは 口説き調で岡山白石島の白石踊りに歌も踊りも非常に似ている。夕方6時を廻ると佃のあちらこちらからこども達が集まってきた。8時までがこどもの踊り、8時から大人の踊りになる。櫓の上にはやや大きめの太鼓がひとつ据えられている。音頭とりはまだ現れず、こども達はスピーカーから流れるテープの音にあわせて踊りだす。歌も囃子言葉も自分たちで踊りながら合唱する。少女たちの穢れのない声が暮れてきた佃の町にこだまする。夕陽が沈むころやっと音頭とりが櫓の上に現れ自ら太鼓をたたきながら口説き歌を延々と歌う。 

   人も草木も 盛りが花よ(繰り返し){ア コラショ コラ ヤートセー ヨイヤナー}

   心しぼまず 勇んで踊れ

   思い草なら 信夫(しのぶ)で囃せ

   招くすすきに 気もかかるかやと

   朝の朝顔 宵から化粧

   つぼみゃ紅筆 咲きゃ紅ちょこよ

   恋に桔梗は 色よい仲よ

   萩は・・・ ・・・

佃のこども達は幸福だな とつくづく思った。

{}内は囃し言葉  踊り手が囃す。



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そろそろこどもたちが集まってくる 



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盆踊りが始まるまで隅田川を眺めて待つ

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櫓の上から太鼓が音頭をとる

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歌いながら踊り始めるこどもたち

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歌もはやしもうまいでしょ

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あら まちがえちゃった

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人がだんだん増えてきた

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アタイもはやくおどりたいなぁ

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佃の町もだんだん暮れてきて大人の数も多くなった


ほうずき市

 7月10日 浅草浅草寺のほおずき市に行った。この日にお参りすると1日で46000日お参りした功徳があると言われている。毎年の事だが平日にもかかわらず、仲見世は初詣なみの人ごみである。境内には約120のお店が色づいたほおずきを並べ客への応対に追われていた。ベテランおじさんや美人売り子も客を集めていた。近くの河童橋道具街でも七夕を飾っていたので寄ってみた。

 首都圏近郊で今からでも間に合うほうずき市は、文京区朝顔ほうずき市7/21,22(源覚寺、伝通院) 神楽坂まつり7/25~28(神楽坂商店街)、深大寺鬼灯祭り7/20~22、市川ほおずき市7/21,22(万葉集にも出てくる手児奈霊神堂)などがある。


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浅草寺境内を彩るほおずき市

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客を呼び込む声が飛び交う

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色づいたほおずきが並んでいる


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吊るさてたほおずきの向こうに東京スカイツリーがそびえる

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売りの名人 客が集まる

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見ていって! 美人は得だね。

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こっちもいいですよ。

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きれいなほおずきいかがですか

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となりの浅草神社にお参りする浴衣美女

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河童橋道具街では七夕が飾られていた