佃島 念仏踊り
中央区佃の盆踊りに行った。この盆踊りは長い歴史を持っており、別名佃念仏踊りとも呼ばれている。摂津の国住吉神社に家康が参詣する折り地元攝津の漁師たちが家康一行を漁船で渡したのが機縁となって天正年間1590年家康江戸下向の際攝津佃の漁師たち33人が隅田川の砂洲に移り住んだ。その後砂洲を築地(干拓)し、漁業権を与えられ徳川幕府の庇護を受けたため当時の佃の民は羽振りが良かったという。
佃の踊りは 口説き調で岡山白石島の白石踊りに歌も踊りも非常に似ている。夕方6時を廻ると佃のあちらこちらからこども達が集まってきた。8時までがこどもの踊り、8時から大人の踊りになる。櫓の上にはやや大きめの太鼓がひとつ据えられている。音頭とりはまだ現れず、こども達はスピーカーから流れるテープの音にあわせて踊りだす。歌も囃子言葉も自分たちで踊りながら合唱する。少女たちの穢れのない声が暮れてきた佃の町にこだまする。夕陽が沈むころやっと音頭とりが櫓の上に現れ自ら太鼓をたたきながら口説き歌を延々と歌う。
人も草木も 盛りが花よ(繰り返し){ア コラショ コラ ヤートセー ヨイヤナー}
心しぼまず 勇んで踊れ
思い草なら 信夫(しのぶ)で囃せ
招くすすきに 気もかかるかやと
朝の朝顔 宵から化粧
つぼみゃ紅筆 咲きゃ紅ちょこよ
恋に桔梗は 色よい仲よ
萩は・・・ ・・・
佃のこども達は幸福だな とつくづく思った。
{}内は囃し言葉 踊り手が囃す。
そろそろこどもたちが集まってくる
盆踊りが始まるまで隅田川を眺めて待つ
櫓の上から太鼓が音頭をとる
歌いながら踊り始めるこどもたち
歌もはやしもうまいでしょ
あら まちがえちゃった
人がだんだん増えてきた
アタイもはやくおどりたいなぁ
佃の町もだんだん暮れてきて大人の数も多くなった