中学2年の頃・・・
前記事はコチラ↓
JW強制地獄の毎日を過ごしながら、今も未来にも絶望しか感じられなかった。
「人生で、一度でいいから
周りのみんなみたいに、宗教から解放されて自由に生きてみたい」
JW内では、そういう考えを持つことを
「悪魔サタンの誘惑に負けた状態である」と教える。
でも私は、教義自体を信じていなかったので、スルーできた。
周りの同学年の子たちは、疑問を感じながらも親を喜ばすために
次々と洗礼(バプテスマという)受け始めていた。
私は
「こんな事を強要された人生なんて死んでるのと同じだ」
と思ったので、
数年がかりでこの組織から脱出する事を計画していた。
まず、
①高校生になれば、アルバイトをしてお金を得、
いざとなったら家を出てしまうこともできる。
アルバイトが出来る高校に通う事。
②現在は、親に部活に入ることを禁止されているけれど、
学校から帰る事が遅くなっても文句を言われないために、
部活を強制してくれる学校に入ることが大事。
集会に行けない日をどんどん作って行き、フェイドアウトする。
いよいよ決戦前夜ともいえる「中学3年・高校受験生」の時。
両親は私の進路については無関心だった。
頭が悪かったので、安全圏の高校はわずかしかなかった。
自分でも絶対に行きたくないと思う所しか残っていなかった。
ちょっと背伸びしなきゃだけど、
憧れの超可愛いセーラ服の公立高校で「部活が強制」の所を見つけた。
「ここに入るしかない!でも・・・合格の可能性は50%しかない」
塾に通わせてほしいと親に懇願した。
やっと、受験の直前の1か月だか3か月だか、わずかな期間だけ通わせて貰うことが叶った。
(ちなみに弟達は、当たり前の様にずっと塾に通っていた)
滑り止めの私立については、
100%受かる所で、一番学費が安いところを一か所だけ受けることを許してもらえた。
(また「ちなみに」ですが・・弟たちは、何か所も滑り止めを受けさせてもらっていました)
100%受かる・・となると、都内で一番下のランクの女子高しかなく、
そこを受験したけれど、絶対に行きたくなかった。
絶対にセーラ服着るんだ!
絶対に部活に入るんだ!
絶対にJW脱出するんだ!
そして念願かなって、可愛いセーラ服を着た女子高生になる事ができた♡
ギター部に入り、部長になり、バイトを始め、
学校が早く終わってしまった日には、
電車で隣の県まで乗り過ごして戻ってくる事で、集会の強制連行を避け・・・
私が集会を避けてる事に母が気が付いた時には、
既に私をJWに戻す事が難しい日常になっていた。
「集会に行かないのが当たり前」になっていた♪
母は弟を使って私を責め立てた。
「た子は悪魔サタンだ!悪魔!悪魔!!」
弟は私の後ろを付きまといながら、呪文のように言葉を浴びせまくった。
禁止していたバイトをし、JWにも行かなくなった娘を懲らしめるため、
母は私にだけ食事を用意してくれなくなった。
おなかがすいた時には、
学校の家庭科で習った覚えのあるものを自分で作ってみたりした。
母からの沢山の暴言や意地悪があった様に感じているけれど、
今はもうそのころの詳細までは思い出せない。
とにかく「自由になった!」という喜びでいっぱいだった。
青春を取り戻すぞ!!
でも、脱出直後の私に、父からの更なる追い打ちがあった。
あの時の恐怖は、今でも鮮明に覚えている。
JW脱出計画~実行後に父がしたこと に続きます。
