た子の物語・・・一番最初の記事はコチラ↓

              た子産まれる

 

 

 

JWから完全に脱出し、晴れて「世の人」になる事が出来た。

 

今から世の中に混じるぞ!

彼氏つくるぞ!

 

 

高校に入って初めてしたバイトは、東京三鷹市にあるガソリンスタンドだった。

親に禁止されていたけれど勝手に始め、貯めたお金ですぐに原チャリを買い、

20分位だったか、結構遠くまで通った。

 

そこで好きな人が出来た。

 

父から「た子は整形したらどうだ?」と面と向かって言われたり、

駅のホームで頭のおかしい人に大声で「ブース!ブース!」と言われたり、

 

私は自分の容姿に自信が無かった。

 

「こんなブスを好きになってくれる男なんていない。」

「ブスな私が見下されない為にも、カッコイイ人を彼氏として捕まえなくては・・・」

「相手がNOと言えないような脅しをかける方法は・・・」

 

自尊心も失墜していた自分を保つ為には、妄想と、他人を見下すことと・・・

あとは、親からの無言のメッセージ、「性を餌にする」だった。

 

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親は、私の全てを否定しながらも

「男は危険だから交際はしてはいけない。」

「鎖骨が少しでも見えた洋服はイヤらしいから見えない洋服を着なくてはいけない」

など、とにかく男と関わらないように禁止事項を設けた。

 

が、このような、「娘自身を否定」しながらも「性は守る」という言動は、

「お前は性的にしか価値のない人間だ」というメッセージを与える。

 

娘がいる人は、性被害の危険性から娘を守る為に色々禁止するのであれば

その前に、

「自分が娘の存在をちゃんと認めているか」

「娘が自分自身を大事に思えるような働きかけをしているか」

を前提にしないと意味が無い。

 

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ガソリンスタンドで、私は、

初めて好きな人に、バレンタインのチョコを渡して気持ちを伝えようと思った。

 

それが・・・渡す直前で恥ずかしさから躊躇ってしまい、

何とも思っていない、話したこともほとんどない、

芸能人張りにイケメンな他の人に渡してしまった。

 

「私みたいな人は振られる」

だから

「振られて当然な相手」を選んだ。

 

当然、ホワイトデーになっても彼から何の返事もなかった。

代わりに、一つ年下の男の子から突然プレゼントを渡された。

「好きです」

 

中学生の時に、ふざけて同級生に言われた事はあったけれど、

はっきりと告白されたのはこれが初めてだった。

 

若いころの私は、どうしても年下は弟みたいにしか感じられず、

恋愛対象外だったので、彼と付き合うことはなかった。

 

この頃、同じクラスのHちゃんは夜遊びをしまくっていた。

夜遊びを体験してみたい私は、Hちゃんと新宿の歌舞伎町のディスコ通いをした。

ブスだから、体を強調するような服を着て。

 

                  Shereef shokryによるPixabayからの画像

 

 

当時、ワンレンボディコンが流行っていたけれど、

体形がずんぐりむっくりだったので

ただの、露出が多めな洋服だった(笑)

 

有難いことに、当時ナンパしてきた人たちに

悪い人は居なかった。

 

散々おごってもらって、ディスコで朝まで躍り明かしたり、

飲み屋で呑んだくれたり・・・

 

朝まで躍って、新宿のロッカーに入れておいた高校の制服に着替え、

そのまま学校に行ったりもした。

 

授業中、あまりの眠さに、

机に突っ伏して、机がヨダレの水たまりになってたこともある(笑)

 

私は・・・家庭内ではなく、外の世界の人たちに安心感を覚えた。

 

青春を取り戻したかのように楽しんでたけれど、

自覚症状のないままに、

心の中は「恨みを晴らせずにいる怒り」を発散できるチャンスをうかがっていた。