ボクより上の世代の人たちは、日本が経済的に、

そして物質的に豊かになれば幸せな人生が

送れるはずだと信じて高度成長を支えてきました。



 

そして、1990年代初頭にバブルは崩壊して

経済低迷期に入ったものの、


今現在、ボクらはモノがありふれた

社会の真っ只中にいます。




世界中、先進国を見渡しても、

日本ほどハイクオリティかつ安価なモノにあふれて、

何でも手に入る国というのは極めて稀です。

 



日本はいわゆるお金持ちの国になったんです。



 

先人が願った”豊かさ” のど真ん中にいる

ということです。

 

 

 

でも、どうでしょう?

 

 

 

豊かさ比例して、社会にも同じくらい

” 幸せが増えた” とは決して言えないはずです。


 

一般的にはむしろ、生きるのが難しくなっていると

感じる人も多いのではないでしょうか?

 

 

 

どうしてかと言うと、豊かになった分だけ

「こころ」を使わないといけないのに、

そのことを(昔と比べて)社会全体が

忘れてしまったからです。

 


 

豊かになると便利になり、そのことについて

考えることをしなければ人間関係が

希薄になってきます。

 

 

 

たとえば昔だったら、駅員さんと顔を合わせて

「切符一枚」と会話して買っていたのに、

今はお金を入れると自動で切符が出てきます。


改札然りです。


かつての人間の仕事が機械にとってかわられ、

この傾向は現在進行形で進んでいます。

 

 


そしてインターネットの普及により、

それは加速度的に進んでいると言えます。

 

 


もっと言えば、


近年はAIの進化と、それによる社会構造の

急激な変化に対して、人間は明らかに

追いつけていません。


 

新しいテクノロジーが社会に浸透しきった後に、

初めてそのことに気づくといった感じですね。

 



ボクはまったくもって

保守的なタイプの人間ではないし、


「昔は良かった」的に過去に思いを馳せながら

生きていくタイプでもありません。

 


むしろ、合理化推進派だし、

インターネットやその他の技術革新で

さらに豊かさを享受できると考えています。

 

 


ただ、物質的「豊かさ」と反比例して、

こころが「貧しく」なっていったんでは

本末転倒ですね。

 


 

「こころ」は使わないと貧しくなっていきます。

 


 

では、こころを使うとは具体的に

どういうことでしょうか?


 

それは、「本質を考える」ということです。

 

 

たとえば、子供が親にほしいものをねだった時、

昔は簡単には買い与えることはできませんでした。

 


ですので、


たまにしか買ってもらえないおもちゃや、

お年玉やおこずかいを貯めて

自分で買うという経験から、


その時にしかない感動を得ることもできたし、

そこに学びの機会もありました。

 



今は違いますね。



 

そんなに裕福な過程でなくても、

とりあえずは買ってあげることはできます。

 


近くに売ってなければ、インターネットで

検索すれば大抵のものはすぐに見つかります。


 

子供は、親と一緒におもちゃを買いに行って、

選んで買ってもらうということ、


そしてそれに付随する「こころが躍る体験」

同時に失ってしまいますね。

 



ですので親は、


 本当に必要なものか、

このタイミングで買ってあげることが適切なのか、

この子にとって喜びになるのか、

 

等、それまで以上に考えて行動を

起こす必要があります。

 


 

思考停止状態になって、

安易な方向へと流れないように

「こころを使う」必要があるんです。

 


 

これが「本質を考える」ということです。

 


 

「こころを込める」という言い方を

してもいいでしょう。


 

「こころを込める」とは、

対象にたいして「手を抜かない」ということです。

 


 

世の中がますます便利になっていく一方で、

人生そのものが「手抜き」に

なってしまわないように、

「自覚」をもって生きていく必要があります。

 


 

「合理化」と「手抜き」は違いますね。

 


 

もはや黙っていても社会は

コンピューターやテクノロジーの進化とともに

合理化され、便利になって行きます。


 

人間の社会に対する反応速度以上に、

社会は猛烈な勢いで進化しています。

 


 

この社会と「調和」して生きていくために、

ぼくらは「こころ」(潜在意識や無意識)

というものに対する理解をもっと深めていく

必要がありますね。

 


 

「本質を考え」ながら生きていけば、

頭を使わずにはいられないし、

思考停止状態で流されることもありません。



 

それは自ずと「心の成長と進化」にもつながります。

 

 


「こころ」が進化すれば、本来は無機質な

ネット社会にさえ血が通いはじめます。

 

 

あなたは自分の”心を進化させるべく” 

日々を生きてますか?

 

 

 


 

 

 

 

 

今回の記事が少しでも、

あなたの幸せへのヒントになればうれしいです。