古代インドの宗教哲学に魂の永続性

いわゆる輪廻転生という考え方があります。

 

これをサンスクリット語で

アートマン思想と言います。

 

 

あなたはこの永遠不滅の魂についてどう考えますか?

 

死んだ後、自分は一体どうなるのか?

 

誰しも一度は考えたことがある問い

ではないでしょうか。

 

 

現代科学では、

(量子力学や認知科学により

   近いところまでは行ってますが)

この魂の永続性を証明することはできません。

 

そしてそれとは逆に、

魂の永続性の否定を証明することもできません。

 

 

つまり、わかりようがないんです。

 

 

歴史上、ダライ・ラマをはじめ、

多くの宗教家がこの輪廻転生について

言及してきました。

 

 

証明不可能なことにも関わらず、

なぜ輪廻転生がこんなにも永くにわたって

語り継がれているのでしょうか。

 

 

その大きな理由の一つが、

 

それが究極的に前向きな思想だから

です。

 

 

人間はその生命の本質として、

遺伝子レベルで、

いわゆる「死」への恐怖を持っています。

 

 

輪廻転生の思想は、

この得体の知れない死後の世界への

答えを用意してくれます。

 

来世の存在について言及することで、

現世を生きることから生まれる

「死」への恐怖が薄まるか、

 

もしくは人によっては、

その恐怖が完全に消えて

至極ポジティブに「今」を生きれるように

なるかもしれません。

 

 

と同時に、この輪廻転生の思想は

過去世とのカルマと絡めることで、

 

絶対的な差別思想や、危険な新興宗教も

生み出してきました。

 

 

インドではカースト制が

社会に深く根を張っているし、

 

日本でも新興宗教による

毒ガスを使った痛ましい事件が起きました。

 

 

お釈迦様亡き後、後続の仏教伝道者たちは

輪廻転生という、一種魅力的とでも言うべき思想を

伝えてきましたが、

 

そこには正の側面ばかりでなく負の側面も

同時に持ち合わせているようです。

 

 

ですので、ボクは「輪廻転生」については

”保留” という立場をとっています。

 

つまり、否定も肯定もしないし、

それについて深く言及もしないということです。

 

 

理由は、証明不可能なものを土台に

論理を構築したり、

 

考えを深めることに一種の脆さというか、

危うさのようなものを感じるからです。

 

 

そもそも、来世というものを信じることは

究極的にポジティブな思想ではあるけれど、

それが「今」を生き切ることの

絶対条件ではありません。

 

 

お釈迦様の説話に

「毒矢のたとえ」

というものがあります。

 

 

たとえば、あなたが毒矢を射たれたとしましょう。

 

その際、あなたにこんな考えが浮かび、

口にしたとします。

 

「どこの誰が射ったのか。

   どんな身分の者か。

   矢はどこから飛んできたのか。

   毒の成分は何か。。。」

 

云々言ってるうちに、

毒が全身にまわって命を落としてしまうでしょう。

 

この時、あなたが最優先でやるべきことは、

体に刺さった毒矢を抜くことですね。

 

 

つまり、今やるべきことは

死後のことや前世、来世に哲学的想いを

巡らすことではなくて、

この瞬間を精一杯生き切ることだということです。

 

 

とは言うものの、

大切な人や身近な人を失った時、

ぼくたちは大きな喪失感を抱くとともに、

 

亡くなった人がどこへ行ったのかについて

想いを巡らせずにはいられません。

 

 

輪廻転生の存在については

ひとまず置いておくにしても、

 

彼らの「死」は

ただの存在の消失として

とらえるべきことなんでしょうか。

 

 

ぼくは決してそうではないと断言できます。

 

 

ぼくはこれまで、愛する身近な人の死、

そして親友ともゆうべき人の死を経験しました。

 

 

その時、当然のことながら大きな喪失感と

悲しみを抱きましたが、それと同時に、

 

月並みな表現ですが彼らが自分の中に生きている

と言う確かな感触がありました。

 

 

ですので、言いようのないくらいの大きな悲しい

出来事ではありましたが、

不思議と寂しさはありませんでした。

 

 

彼らはぼくのアイデンティティの大きな一部分

であるし、ぼくは彼らの魂が養分となって

できているとも言えます。

 

 

これが人間は無関心のうちにも

お互いに影響を与えあって生きている

と言う所以です。

 

そのスケールの最大級に大きな人が

ブッダイエスなんではないでしょうか。

 

2000年以上も前の人間が、

何十億何百億人という人間に影響を与えている

ということは、彼らの魂が受け継がれている

という大きな証拠でもありますね。

 

 

そう考えてみた時、

 

ぼくらは何世代も前から

文化や国境を超えてつながっている

 

と言えるんじゃないでしょうか。

 

 

そして、たとえ一人でいようとも自分の中には

多くの人がいるし、

 

彼らが常に自分を支えてくれている

ということにも気づきます。

 

 

それは困難に直面した際、

時として大きな力を与えてくれますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の記事が少しでもあなたの幸せへの

ヒントになればうれしいです。