タイトルの通りなんですが、

 

『The Law of Attraction』

『引き寄せの法則』と翻訳した人の罪は大きい

と思ってます。(笑)

 

 

 

『引き寄せの法則』ってネーミング、

 

自分は変わらずに

ラクして望みを叶えたい人にとって、

 

思いっきりフックになってるんですよね。

 

 

ちょっと冷静になって

考えてみればわかることですが、

 

願うだけで願望が

あっちからやってきてくれることなんか

あるわけないんですよ。(苦笑)

 

 

 

ここにハマって、

何年もひたすら願い続けてる人は、

 

命の時間という何よりも尊いものを

ただただ浪費しちゃってることに

気づいた方が良いですね。

 

 

 

いや、こじつけたりなんかして、

小さな願いは叶ったりしてるかもしれませんよ。

 

 

でも、『自分の現状がどれだけ前進しているか』

を見れば、ちゃんと引き寄せてるかどうかなんて

一目瞭然なはずなんですよ。

 

 

 

ある人が言ってましたが、

 

「願うだけで欲しいものが手に入る」

なんて思ってる人は、

 

サンタクロースを信じてる子供と

なんら変わらないわけです。

 

 

『引き寄せの法則』を盲信している人って、

本質的にピュアなんだろうなと思いますけど、

僕らはもう子供じゃないんですよ。

 

 

もちろん、ピュアであることも大事ですが、

大人のピュアネスと子供のピュアネスとでは

種類が違います。

 

 

子供の純粋さは『無知』に由来しますが、

大人には知識と経験と理性が備わっているはずです。

 

 

だから、大人の場合は『知性』に裏打ちされた

純粋さを育てて行く必要があるんです。

 

 

【 Attraction 】には

『魅力』という意味もありますが、

 

あなたにとって魅力的な人って、

ただ宇宙にお願いして待っている人ですか?

 

 

まあ、そういうのも

無きにしも非ずかもしれませんが、

 

多くの人にとって、魅力的な人って、

 

行動と実践によって

現実を変えてきた人だと思うんです。

 

 

行動と実践を繰り返すことで、

自己を成長させていくことができます。

 

 

そうやって少しづつ

魅力的な人間になっていくんですよ。

 

 

 

『引き寄せの法則』って

とどのつまり、引き寄せるんじゃなくて、

 

自分が変化しながら

対象に近寄って行く法則なんです。

 

 

 

 

だから、『魅力の原則』とか

もっと他の訳があったろうに、

 

『引き寄せの法則』なんて名付けたばかりに、

 

ただただ、祈り続ける人を

量産することになったんです。

 

 

 

僕としては、いっそのこと

原題の『The Law of Attraction』

のままでもいいんですけどね。

 

 

 

ちなみに、願望を実現したかったら、

『引き寄せの法則』なんかに掴まっているより、

 

インターネットを使ってビジネスをやるほうが

手っ取り早いと思ってます。

 

 

インターネットをつかえば、情報空間に

ハイクオリティな引き寄せ装置を構築することができます。

 

 

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きっとあなたの人生にとって

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あなたは価値の移動に気づいてますか?

 

 

誰もがパッと思いつくのは、

お金という『価値』の移動ですね。

 

 

 

でも、今回はそれよりも少しだけ、

抽象度の高いお話です。

 

 

 

普段はあまり、意識していないと思いますが

『価値』というものには

 

『物理的価値』『情報的価値』

 

の二つの側面があります。

 

 

 

 

『物理的価値』というのは

単純に目で見えるし、触ることができるもの。

 

 

これはわかりやすいですよね?

 

 

 

で、『情報的価値』っていうのが

僕らの脳内に存在する目に見えない『価値』です。

 

 

 

これは、ちょっとモヤっとして、

曖昧な印象を持つんじゃないでしょうか?

 

 

 

 

たとえばですよ、

 

僕らがTシャツを買いに行って、

 

「これ、カッコイイ!」

「これ、かわいい!」

 

って思う時、

 

僕らは、そのTシャツが持つ情報に

価値を感じているんです。

 

 

 

同じような素材なのに、

一方は1500円、もう一方は10000円

なんてのも大して珍しくはないですね。

 

 

 

高級ブランドシャツなんて、

ほぼ『情報的価値』に値段がついてます。

 

 

 

それを買う時、僕らはそのブランドが持つ

世界観(情報)に対してお金を払っているんです。

 

 

 

これは何も、今、始まったことではないけれど、

 

昔と今を比べてみると、

 

『価値』が物理空間から情報空間へと

加速的に移行しているのがわかります。

 

 

 

インターネットが発達したからです。

 

 

 

それまでは、情報の発信者といえば

 

資金力のある大企業か、

一部のお金持ちだったけれど、

 

インターネットによって、

 

日常的に個人レベルで簡単に

これができるようになりました。

 

 

 

そして、それに伴って個人が

ある商品に対して、

 

大きな情報価値を加えるのも

可能な時代になったんです。

 

 

 

たとえば、僕らがTシャツを作って売る場合、

物理的価値を高めようと思ったら、

 

できることは、せいぜい生地の質を上げたり、

縫製のクオリティを上げることくらいだけど、

 

情報的価値はアイデア次第で

いくらでも付加することができますね。

 

 

 

 

これが何を意味するかというと、

 

『情報空間』を上手に取り扱える人が

より『豊かさ』を受け取れるようになるんです。

 

 

 

これまでは『情報リテラシー』という言葉が、

「メディアに対する読み書き能力」として

使われてきました。

 

 

 

でも、これからは

 

そこに「脳内情報の読み書き能力」

含まれてくると、僕は思ってます。

 

 

『脳内情報の読み書き能力』を高めることは

自覚的に自分を進化させていくことと同義です。

 

 

 

物理空間から情報空間への

 『価値の移動』が

 

世界の大きな流れとして

起こっているのが見えますか?

 

 

 

そして、人工知能の進化は近いうちに、

 

「見えない世界(情報空間)で

 常に何かが起こっている」

 

という状況を当たり前のものとして

僕らに提示するようになるはずです。

 

 

 

 

こういう社会でも、

 

「楽しければオールオッケーさ!」

 

のスタンスで思考停止状態のまま

生きていく人ってやっぱり、

 

かなりいるんだろうな、

って気がしています。

 

 

 

本人たちとしては本当に

それでオッケーなんだろうけれど、

 

そういう人たちって

これからの情報社会構造の

底辺層になってくるのは間違いないです。

 

 

 

もちろん『豊かさ』を受け取るのも

難しくなってくるでしょう。

 

 

 

どんなにこの世界の流れに抵抗しようと、

好き嫌いを叫ぼうと、

 

メインストリームはそんなこと

知ったこっちゃないんです。

 

 

 

 

だから、

僕ら個人がやることはやっぱり

 

『情報リテラシーを高めること』

 

なんです。

 

 

 

もちろん、

そこには『脳内情報』も含まれてきます。

 

 

 

人工知能がこれだけあからさまに

爆発的に進化しようとしている中、

 

人間が過去のパラダイムに執着して

進化を渋ってたんじゃ、

 

メインストリームと個人との間に

大きなギャップが生まれるのも想像できますね。

 

 

 

これからどんなステージで人生を送るのかは

『情報リテラシー』の高さにかかってる

って言っても言い過ぎじゃないです。

 

 

 

僕は情報リテラシーを爆上げする

もっとも効率的な方法は、

 

本気で情報発信に取り組むこと

だと考えてます。

 

 

もちろん、しっかりと学びながら、です。

 

 

 

最近、タイムライン上には

 

・動画クリエイター

・ウェブデザイナー

・プログラマー

 

のスクールに関する広告が

たくさん流れてきます。

 

 

もちろん、コロナの影響です。

 

 

今、これらの職種の需要は

確かに伸びてきています。

 

 

でも、どうでしょう?

 

 

僕の見解としては、

こういった『手に職系』の仕事に

安住する時代は、もう来るとこまで

来てるんじゃないかと思ってます。

 

 

つまり、

「今はいいけど今後はわからないよ」

ってことです。

 

 

『手に職系』の仕事って実は

他の人にも代替可能だったりするからです。

 

 

 

つまり、別に自分じゃなくても

OKな仕事なワケです。

 

 

人工知能やロボットが

活躍する時代になれば尚更です。

 

 

 

だから、やっぱり『情報発信』だなって

思うんです。

 

 

あなたの情報発信は、

あなたにしかできない仕事です。

 

 

まあ、仕事というよりはライフスタイルですね。

 

 

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『人生の意味』探し

 

『生きる意味』探し

 

『天命』探し

 

『なぜ生まれてきたのか』探し

 

『本当の自分』探し

 

『ありのままの自分』探し

 

『自分軸』探し

 

 

 

スピ界隈には、こういった、

いわゆる『自分探し』にハマってる人が

めちゃめちゃ多いように思います。

 

 

 

そして、カウンセラーやヒーラーなど

スピリチュアルを生業にしている人は

 

本人が自覚していようがいまいが

こうした”自分探し君”を依存させてる人が多いです。

 

(もちろん、みんなってわけではないです)

 

 

 

と言うか、そもそも、スピリチュアルを

仕事にしている人の中には、

 

本人が過去に人生で絶望を

経験したことがある人が多く、

 

しかも、まだ乗り越えることが

できていなかったりします。

 

 

 

そこで、何が生まれるかというと、

カウンセラーとクライアントの

『共依存』の関係です。

 

 

これも、本人たちに自覚がない場合がほとんどです。

 

 

 

クライアントはカウンセラーに

”癒し”を求めているし、

 

カウンセラー側は癒すことで、

自分も癒されようとしています。

 

 

 

 

カウンセラーにしてもヒーラーにしても

その仕事の本質はクライアントの自立を促すことです。

 

 

 

それなのに、スピ系のカウンセラーは、

弱っている人を見つけた時、

 

「あなたはそのままでいいんですよ」

 

と言います。

 

 

 

すると、クライアントは、

 

「ああ、この人は私のことをわかってくれている」

 

と感じて依存するようになるんです。

 

 

 

セッションの最中に何かが

トリガーとなって号泣する人もいます。

 

 

 

その号泣はクライアントを

一時的にスカッとさせるでしょう。

 

 

そして、クライアントはこう言います。

 

 

「ありがとうございます。おかげで癒されました」

 

と。

 

 

 

でも、断言できますが、

これって溜め込んでた感情が、

一時的に表出しているだけなんですよ。

 

 

その時は、すっきりした気になっているけど、

心の奥は何も変わっておらず、

根本的な解決にはなっていないわけです。

 

 

 

本当の意味で”癒し”が起こると、

 

人というのは”泣く”よりも、

むしろ、”笑ってしまう”ものです。

 

 

 

心に光が灯った時、心が晴れて

人は笑いたくなるんですよ。

 

 

 

心が晴れ渡る瞬間です。

 

 

 

本当に”癒し”が起こる時、

心は未来へと向かいます。

 

 

 

 

そこには“癒し”という名の”気づき”があるのです。

 

 

 

基本的に過去に”癒し”を求めているうちは、

本当の意味での”癒し”というものは起こりません。

 

 

 

理屈ではなく、

未来に目を向けることに気づいた時、

人は心の底から癒されるのです。

 

 

 

その時、『自分探し君』からも

卒業することでしょう。

 

 

そして、なりたい自分へと向かって歩き出すのです。

 

 

 

未来に『理想の自分』を

目指すべき理想のゴールとして設定した時、

 

『今』の自分と『未来』の自分とを結ぶ『一本の線』

が生まれます。

 

 

これが『自分軸』です。

 

 

 

自分軸とは探すものじゃなくて、

 

『決めるもの』なのです。

 

 

 

そして、自分の未来というのも

自分で決めるものなのです。

 

 

ほんとうの自分の人生というのは

その時、初めてスタートします。

 

 

 

僕の好きなミュージシャンである

ジョンレノンはこんな言葉を残しています。

 

 

 

“Life is what happens to you 

 while you're busy making other plans.”

 

「人生とは何かを忙しく計画している時に

 起こる別の何かのことなんだ」

 

 

 

 

また『アイデンティティ』という

概念を初めて提唱した

 

エリク・エリクソンという心理学者は

こんな言葉を残しています。

 

 

 

「アイデンティティとは

 死ぬまで続く無意識の過程である」

 

 

 

 

ジョンレノンもエリクソンも

同じようなことを言っているように見えませんか?

 

 

 

人生とはプロセスなんです。

 

 

今と未来を結ぶ一本の軸(プロセス)の中に、

人生の喜びはあるのです。

 

 

 

 

 

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ぶっちゃけ、スピの世界観なんて

あってもなくてもどっちでもいいなって思ってます。

 

 

 

スピが提示する本質論は好きと言えば好きですが、

それが自分の人生に必ずしも必要かと言えば、

 

別になくても困らないかな、って感じなんです。

 

 

 

もうちょい具体的に言うと、

 

たとえば、自己実現や願望実現に関して、

別に『引き寄せの法則』って言葉を使おうが

使うまいがどっちでもいい、ってことです。

 

 

 

ただ、スピの世界観を『採用』すると

便利なこともあるので、

スピ的に物事を解釈することもあります。

 

 

 

何が言いたいかというと、

 

『世界観(パラダイム)というものは採用するもの』

 

だということです。

 

 

 

こんなこと言うと、『ふわスピ系』の人に

 

「世界はスピそのものだから採用するも何もない」

 

云々かんぬん言われそうですが、

そういう人はまず、

 

『世界にアプリオリなものなど存在しない』

 

ということを理解しないといけません。

 

 

 

その世界にどっぷりと浸かっているうちは、

自分がどういう場所にいるのか見えないものです。

 

 

 

海を泳いでる最中は、

海の広さなんてわかりませんからね。

 

 

 

『スピ』という海で泳ぎながら、

 

「彼は私のツインソウルだ」

「私は魂の成長のためにこの地球にやってきた」

 

なんて思い込んでると、それが執着になって

エゴを肥大化させるだけです。

 

 

 

だからいったん、そこから出て、そして、

『系の外』から世界を眺めてみる必要があるんです。

 

 

 

そうすると、

人生が一層おもしろいものになります。

 

 

自分の人生は、

自分で自由に『設定』できるんです。

 

 

 

「彼は私のソウルメイトだ」

「私は魂の成長のためにこの地球にやってきた」

 

 

という設定にした方が、

人生がより良くなるのならそうすればいいんです。

 

 

 

『スピ』だけに限ったことではありません。

 

 

 

「自分から野球を取ったら何も残らない」

「自分から音楽を取ったら何も残らない」

 

なんていうのも同じです。

 

 

 

 

人生なんて、

どこからでもスタートを切れるし、

 

野球を取ったら何も残らないなんてことは

ありえないわけですが、

 

そう設定にした方が、ゴールにエネルギーが

与えられるんならそう設定すればいいんです。

 

 

 

 

ポイントは系の外から設定する

というところです。

 

 

というか、系の外からじゃないと

設定できませんからね。

 

 

系の中にいると選択肢がそもそもないので。

 

 

いろんな世界観を持って

生きていけばいいと考えてます。

 

 

 

言葉も1ヶ国語しか使えないよりは、

2ヶ国語、3ヶ国語と使えた方が

 

視野も広がるし、視点も高くなるし、

便利だし、楽しくなります。

 

 

 

状況によって

使い分けることができればいいですね。

 

『本当の自分』

『ありのままの自分』

『自分軸』

 

なんて言ってる人の多くは、

未来のどこかで、

 

そういった自分に出逢えるはずだと

期待しているようです。

 

 

『本当の自分』というのを

『イメージの中での理想の自分』

として重ねてるんですね。

 

 

 

こういった、いわゆる【自分探し君】って

潜在意識レベルでは「地に足をつけたくない」って

思ってることがほとんどです。

 

 

地に足をつけちゃうと、

嫌が応にも『現実』というものを

見せつけられるからです。

 

 

だから、ふわふわと未来に思いを馳せて

まだ見ぬ自分に憧れを抱いたりするんですが、

 

そもそも、『ありのままの自分』なんてものは

自分が過去に通ってきた軌跡以外に

存在しないんです。

 

 

自分という存在は、

それまでに経験してきた過去の記憶という

『情報』によってできているからです。

 

 

【自分探し君】になっちゃう人の

心理っていうのは共通してて、

それは『今の自分に不満がある』ということです。

 

 

でも、そこを直視できないから

未来に存在するかもしれない『自分』に

憧憬を抱くことになります。

 

 

でも、【自分探し君】である限り、

どんな未来にも『理想の自分』なんてものは

存在しないということを知っておく必要があります。

 

 

未来というのは

 

『今の自分がどういった選択をして

 そこでどういう行動をとっていくか』

 

によって確定するからです。

 

 

だから、やるべきことはまず、

自分の目の前と向き合って、

 

その一つ一つに対して

丁寧に取り組むことなんです。

 

 

その時にもし『納得いかない自分』に

気づくのだとしたら、

それが『本当の自分』なんです。

 

 

そもそも、

『ゆるぎない自分』や『ぶれない自分軸』

なんてありませんから。

 

 

『ブレない自分』を見つけたって

思ったとしたら、その時は

 

「自分で自分の枠を作ってる」

 

と思った方がいいです。

 

 

自分で自分を固定しちゃってるんですね。

 

 

『理想の自分』に近づこうと思ったら、

どんどん『コンフォートゾーン』の外に

出ていく必要があります。

 

 

『理想の未来』を手に入れたいなら、

自分で自分を限定してる場合じゃないんです。

 

 

 

よく『本当の自分』は

 

いつも笑顔で、

活き活きしてて、

好きな人に囲まれてて、、、、

 

なんていう人いますけど、

 

そんなものは、

ただの『状況』であって

ただの『感情』なんです。

 

 

すべては移り変わるものであって

『諸行無常』なんですよ。

 

 

 

だから当然、目の前のことに

真剣に取り組んでいけば、

 

『うだつの上がらない自分』

だって変化しますね。

 

 

 

人生において【自分探し君】を演じた時期

から学ぶことも、もちろんありますけど、

 

【自分探し君】であった時間的長さと

学びの大きさは比例しないです。

 

 

むしろ、【自分探し君】から卒業して

地に足をつけたところから学べることの方が

はるかに大きかったりします。

 

 

 

【自分探し君】というのは

多くの場合、『生産』よりも『消費』に

人生のベクトルが向きます。

 

 

『時間』だってその一つです。

 

 

無駄に時間を過ごすことは、

貴重な資源である命という時間を

いたずらに浪費することでもあります。

 

 

 

でも、自分なんか探さなくたって

『生産』や『創造』のためのリソースは

すでにあなたの中にあるんです。

 

 

『今』と真剣に向き合って日々を

生きていれば、

 

『未来』においては

『辛い過去』ですら『豊かさの源泉』

であったことに気づくはずです。

 

 

 

過去に強烈に苦しい体験をした人は、

自分を特別扱いして『分離』の感覚を

自ら育ててしまうことがあります。

 

 

『分離』とは簡単にいうと

 

「お前と一緒にするな」

 

「私はあなたとは違うのよ」

 

っていう感覚です。

 

 

過去に壮絶な経験をした人は、

 

「あなたはあんな凄まじい経験

 したことないでしょ!?」

 

っていう思いが、

潜在意識の片隅にこびり付いてたりします。

 

 

 

とりわけ、自分とはまったく違うタイプで、

人生を楽しんでいる人なんかを見ると、

 

その『分離』の感覚は

より強く意識に上ってきます。

 

 

 

自分も心を開いて人生を謳歌したいと思ってるのに、

『分離』のせいで、それができないでいるからです。

 

 

 

『自分が抵抗を感じるものというのは、

 実は自分が求めているもの』

 

 

というのは真理ですが、

そんな言葉自体は実際のところ、

あまり役に立たなかったりします。

 

 

その辛い経験をプラスに変換したり、

手放そうとしたり、

書き換えようと脳科学的アプローチを

試みたりしても、

 

それはいくら磨いても取れない

しつこい汚れのように、

こころの片隅に居座り続けます。

 

 

 

その汚れが、現実世界で確執や摩擦を生み出す

タネになったりするわけですが、

 

そうした時、自己啓発やスピでよく言われる、

 

「あなたは今この瞬間からでも幸せになれるのです」

 

という言葉は、ただの戯言でしかないでしょう。

 

 

 

その自分の一部である『分離』の存在を

認めようと、受け入れようと、

 

そんな顕在意識的アプローチでは

歯が立たなかったりします。

 

 

 

それでもあなたは、自分の物語を

創り続ける必要があります。

 

 

物語をつくっていくことは、

未来に向けたアプローチなわけですが、

 

その本質はやはり

 

『意識の抽象度を上げていくこと』

 

にあります。

 

※『抽象度』に関してはこちらを

参考にしてみてください。

→ 

https://www.youtube.com/watch?v=pLWZ3UyTGP4

 

チャンネル登録もしていただけると嬉しく思います。^^

 

 

意識の抽象度が上がっていくと

過去への『こだわり』が削ぎ落とされて行きます。

 

 

それは『真我』

近づくということでもあるんですが、

 

そうなってくると、

他の人に対する『共感』が増えてきます。

 

 

『抽象』は『具体』を含むからです。

 

 

 

『抽象度を上げる』というと

上にベクトルが向いてるイメージですが、

 

わかりにくい人は、

 

『自分の足元を深く掘っていく』

 

というイメージでもいいですね。

 

 

 

道を極めたアーティストや作家、

スポーツ選手なんかは

 

「自分の足元を深く掘っていくと、

 ぜんぶ地下水脈で繋がってる」

 

と言ったりしますね。

 

 

この『抽象度アプローチ』

『地下水脈アプローチ』

 

表現が違うだけで同じことを言っているんですが、

行き着く先はどちらも『調和』なわけです。

 

 

最近では『量子論的アプローチ』

採用する人も増えてきたように思います。

 

これも当然のことながら、

量子論の知識を得たからといって

現実が変わるわけではないのです。

 

 

 

行動を通して少しでも良い経験を

重ねていけば、未来のある地点において

過去の経験に対する解釈が変わり始めます。

 

 

そのプロセスというのは、

普通の人が経験し得ないような

濃い『情報密度』であるはずです。

 

 

目の前の景色や関わる人、

もしくは自分の価値観や生き方までもが

目まぐるしく移り変わるかもしれません。

 

 

人間はある一定のステージまでは

『満足』に幸せを見出しますが、

 

ある一定のステージを超えると、

『調和』に幸せを見出すようになります。

 

 

『情報密度』が濃い人生というのは

『時間密度』が濃い人生とも言えるわけですが、

 

そうやって行動と共に

高密度な時間を過ごしていく中で、

 

気がついたら『満足』のステージを

通り抜けちゃってた、なんてことも

十分、起こり得るでしょう。

 

 

今経験しているすべては

やがて来る『未来への布石』なのです。

 

 

 

スピリチュアルの本質は

 

 

『見えない事象に気づいて自覚的に

  自分の人生を創造していくこと』

 

 

です。

 

 

前もちょっと書きましたけど、

スピ系の本って、

 

ふわふわしたつかみ所がない

曖昧な表現が使われている

ことが多いです。

 

 

 

そして、人生でスピの入り口に立った人たちは、

往往にしてこれらの本を手に取ります。

 

 

でも、この段階ってけっこうリスクが

大きい段階なんです。

 

 

 

何でかっていうと、

この入り口に立った人たちって、

それまでの人生とは違う、

 

スピという新しくて、

ちょっと高尚な生き方に出逢った

感覚があるので、

 

これらの本を繰り返し何度も読み返します。

 

 

いや、別に本の内容自体はわるくないんです。

 

 

よっぽどエセでもないかぎり、

スピは本質的なかなり深いことを

語ってくれてますから。

 

 

でも、その表現の曖昧さって、

スピに対する理解が

あまり深まっていない人にとって、

落とし穴が盛りだくさんなんですよね。

 

 

簡単に説明すると、

 

たとえばスピ系の世界観って

『許し』にあふれていますよね。

 

 

「あなたはそのままでいいんです」

 

「あなたはそのままで十分に素晴らしいです」

 

 

といった表現はその典型です。

 

 

 

確かに、その通りなんだけど読む人によっては、

 

現状に対する執着

 

を生み出す可能性大です。

 

 

 

ちょっと話はそれますが、

 

 

インターネットが普及するとともに、

個人が自由に情報発信できるようになりました。

 

 

旧来型のメディアである、

TVやラジオや雑誌、新聞と違って、

 

これらの個人メディアは情報発信に伴うしがらみが

限りなくゼロに近いのが特徴ですね。

 

 

なんで、かなり自由に自分を

表現することができます。

 

 

ブログなんかはその典型ですね。

 

 

明らかに実生活より、

格段にコアで自由な

コミュニティが形成されています。

 

 

発信する情報がコアすぎて、

こういったメディアにまだ免疫がない人は、

『うっ!』となるかもしれません。(笑)

 

 

 

こうした個人メディアの発展で、

インターネットという媒体を通して、

 

『他人のリアルな思考』

 

に間接的に簡単に、

アクセスすることができるようになりました。

 

 

 

サイトを巡回してると『ふわスピ系』の情報も

かなり見ることができます。

 

 

なんとな〜く取り入れて実践している感じですね。

 

 

僕はこうしたふわスピ系の人たちもある意味、

好意的に捉えています。

 

 

少なくともその人たちは、

スピと出逢う前より

『気づき』が進んでいるからです。

 

 

でもです、

 

あえて言うなら、

『ふわスピ』は早めに卒業した方がいいです。

 

 

『ふわスピ』は思考停止状態を強化するからです。

 

 

 

話をもどすと、

たとえば、『ふわスピ系』で多い

 

「わたしムズカシイことわかんなぁい」

 

って人は、

 

「あなたはそのままで十分素晴らしい」

 

なんて言われると、

 

「こんな私でもいいんだ。」

 

って信念を強化して行きます。

 

 

 

これが現状に対する執着になってるし、

 

思考停止状態の自分を、

自分で育てるっていうワナに

ハマってますね。

 

 

しかも、『ふわスピ系の人』は

スピに対するリテラシーが低いので、

そのワナに気づくことができません。

 

 

そして、思考の抽象度の低さから、

自分より抽象度が高い人の意見に対して

盲目的になりやすいし、

 

『ふわスピ本』 で言われていることを

盲信しやすくなります。

 

 

 

だから、

 

どうしても他力本願的になってしまうし、

依存体質になってしまうんですね。

 

 

 

言い方はわるいですけど、

 

思考停止状態』って

『奴隷マインド』なんです。

 

 

自分が自分の人生の

『主人』であることができないんです。

 

 

人生の奴隷ですね。

 

 

繋がれた鎖を外すのが大変だから

 

奴隷であることを無意識のうちに正当化

 

しようとするし、

でも、正当化しようとしている自分に

気づくことができません。    

 

 

 

そこではどうしても、

自分で人生の主導権を持つことは厳しいですね。

 

 

たまに、

 

「ふわふわスピリチュアルでも

 本人が幸せならいいじゃん!」

 

って開き直ってる人もいますが、それって

 

「幸せなら思考停止でもOK」

 

「幸せなら抽象度が低くてもOK」

 

って宣言しているようなものですから。

 

 

抽象度が低いと言うことは、

物事の表面しか見えていないということです。

 

 

ふわスピの人は抽象度が高いんじゃなくて

ただ抽象的なだけです。

 

 

『形而上的な思考の遊び』

『自己陶酔』

 

と言ってもいいかもしれません。

 

 

もちろん、この世の何もかもを

論理的に捉えることができるわけではないです。

 

 

というか、科学的に証明できないことや

言語化できないこと、

 

論理的に捉えることができないことの方が

圧倒的多数でしょう。

 

 

でも、だからと言って、

頭を働かせれば理性的に理解できることを

ないがしろにしていいというわけではないのです。

 

 

 

物事を理性的に捉えることができるのは

人間だけに与えられた能力です。

 

 

それを感覚的処理にだけ任せてしまうのは、

 

意識の進化というよりは

むしろ退行に見えなくもないですね。

 

 

冒頭でも言った通り、スピの本質(存在価値)は

 

 

『見えない事象に気づいて自覚的に

 自分の人生を創造していくこと』

 

 

なんですけど、

 

 

その大前提が

 

『自分のアタマでものを考える』

 

ということなんです。

 

 

だから、早めに『ふわスピ』から卒業して

『思考停止状態』から抜け出す必要があるんですね。

 

 

そもそも、頭を使うことって意識して

習慣化しないと、

思考の抽象度は上がっていきません。

 

 

思考の抽象度を上げることって、

コンフォートゾーンの外側にあるので、

けっこうエネルギーを使います。

 

 

車もエンジンをかけて発進する時が

一番エネルギーを使いますよね。

 

 

でも、そこを他人任せにしていては、

いつまでたっても奴隷人生です。

 

 

本質的にはだれも、

あなたの代わりに頭を使ってはくれないし、

 

たとえそうだとしても、

他人に考えてもらったことって、

もはや『自分の人生』じゃないですね。

 

 

逆に、『ふわスピ』から卒業して

理解を進めることができれば、

 

わりとすんなりと次のステージに

行けたりしますね。

 

お久しぶりです。

今回はぜひ知ってほしいことがあって、この記事を書いています。

 

 

僕はこれまで、地に足のついていないふわふわスピリチュアルに対して、「No!」という立場で、いくつかの記事を書いてきました。『ふわスピ』の闇にハマることで、人生を彩るはずのスピが人生の足枷になるということを経験的に学んできたからです。

 

 

今、僕らは変化の時代に生きています。インターネットの登場とスマートフォンの普及によって、ありとあらゆるものが物理空間から情報空間へと移行していて、近年、それはますます加速しているようです。

 

そんな高速変化社会で、ふわスピのパラダイムに居座り続けることは、時代と逆行する行為です。ふわスピにハマっちゃうと視点が下がって、情報リテラシーが希薄になります。これからの時代、情報リテラシーが低いと、ちょっとキツイですね。

 

 

でも、残念なことにネット上では、そんな『ふわスピ』を奨励するような危うい情報が溢れかえっています。笑顔で闇へと手招きしているようにすら見えます。本人に自覚がない場合が多いだけに、よけい気味悪いですね。

 

 

 

そんな薄気味悪い雰囲気へ空手チョップを送るべく、今回はあるブログサイトを紹介しようと思います。ブレイクスルーのきっかけになる可能性が大いにあります。いくつかの記事をピックアップして具体的に解説もしますね。

 

スピをこじらせた人のための処方箋

 

スピリチュアル難民の画像

 

それがこちらのブログサイト。

 

『スピをこじらせた人のための処方箋』

 

略して『スピこじ』です。

 

 

『スピこじ』は左脳系スピリチュアルのサトリさん監修元、ふわスピ信者から抜け出した方たちによって書かれています。ライターさんの経験も踏まえて、スピにハマった人たちが陥りがちなワナや盲点が網羅されていて、スピ系の記事としては他に類を見ない抽象度の高さです。

 

 

いくつかの記事をピックアップして紹介・引用しつつ解説してみますね。

 

『引き寄せジプシー』は自分に対して無責任

 

引き寄せの法則は嘘つき?たちのニセ情報で汚染されている

ぼくたち日本人がこの言葉を理解するためには、「引き寄せの法則」の前に、『受け容れの法則』の方が、先に必要になってきます。

 

それは、「引き寄せた現実」を、言い訳をすることなく『受け容れてみる』

そして、その受け容れた結果から、自分の思考を見つめ直すという法則です。

 

 

自分の身に起こったことの全てを自分の責任として受け入れることは、自分の人生をコントロール可能なものにするための大前提です。『引き寄せジプシー』や『ふわスピ信者』の人たちは依存体質がゆえに、この大前提に対して盲目的になっています。

 

自己正当化が上手くなり、『言い訳クリエイター』(笑)としてどんどんレベルアップしていきます。挙げ句の果てには、自分に都合の良い情報ばかりに敏感になり一喜一憂するのです。

 

 

 

以前、『オーロラ』についての記事を書いた時に、こんなコメントがついたことがあります。

 

とにかく綺麗なオーロラを見たい!!

と3週間程前に思いましたが、画像検索はしませんでした。

どこかで特別な物が見られるような気がしていたので!

 

画像で満足するのであれば、「オーロラ」でググれば10秒です。コメント主はもちろんスピ系の方です。

 

(ちなみに、コメント主を辿れないように、今はそのコメントは削除してあります。

 悪い例として紹介してすみません。でも、わかって欲しかったので匿名にて紹介させて頂きました。)

 

 

 

サトリさんがどこかで言っていましたが、

 

「引き寄せの法則を盲信している人は、サンタクロースを無邪気に信じている子供と同じ」

 

です。

 

僕らは大人です。「宇宙にお願いして待ち続ける」ことがどれだけ非建設的な行為であるのか、冷静に考えれば一目瞭然なんですけどね。

 

個人的には、「引き寄せの法則」なんて言葉は忘れちゃっても問題ないと思いますね。理想の未来を体現したかったら何をすればいいのか、大人の視点で考えれば答えは割と簡単に見つかるはずです。

 

 

運命論というロマンスに囚われて執着を強化する

 

ソウルメイトとは何か?を運命論から離れて考えてみる

ソウルメイト=魂の学びとして認識していた私はソウルメイト(だと思い込んでいる)からの激しい言葉や暴言にもこれは学びの一つだからと言葉をそのまま長期に渡り受け取っていました。

ソウルメイトだからという前提があることで激しい言葉を投げかけれているのにこれは魂の学びのためだから…と

そのために離れられないなんてことになっていたのだとしたら?

その言葉により本来やりたいことができなくなっているのだとしたら?

これって本当に魂の喜びでなんでしょうか?

 

 

 

輪廻転生という発想は、ある意味、楽観的でポジティブな考え方だし、ロマンすら感じさせますね。なので、過去生からの因縁、前世からの深い縁という考え方に魅せられるのもわからなくはないですが、ここにとらわれると命という貴重な時間を無駄に過ごすことになりかねません。

 

『深い縁』という思い込みに執着すると、運命の奴隷として人生を棒に振ることになります。

 

 

これは量子論的な話にもなってきますが、その縁が深いものであるかどうかを決めるのは『今』でなく『未来』なんです。『ソウルメイト』という言葉に囚われて、ソウルメイトに執着する『今』を選び続ける必要はないんです。

 

『我執』に気づくことで大切なことを学べたりもしますが、残念ながら、とらわれていた時間的長さと学びの深さは比例するものではありません。

 

 

 

阿部敏郎さんは自身の書籍でこんなことを言っています。

 

悟りとは、自分が取るに足らない存在であることを知ることである

 

運命論から離れて考えてみることで、自分が囚われていたものに気づくきっかけになるかもしれませんね。

 

左脳系スピリチュアルを知っていますか?

 

このサイトは左脳系スピリチュアルのサトリさんが運営・監修しているブログサイトになります。

 

スピに出会った人は、往々にしてスピ系の本を読んでその世界に頭からどっぷりと浸かるわけですが、ここがすでに『ふわスピ』への落とし穴だったりします。スピ系の本では、抽象的で掴み所のない表現が多用されているからです。右脳的・感覚的で『地に足がついていない』のです。

 

 

左脳系スピリチュアルは、サトリさんが自身の経験と知識をフル動員させて、スピリチュアルを左脳的・論理的・科学的に体系化したもので、出口のない迷路を彷徨う『ふわスピ信者』にとって駆け込み寺のような存在になっています。

 

スピのパラダイムを採用したコーチング

 

左脳系スピリチュアルを僕なりに翻訳するなら、『スピリチュアルのパラダイムを採用したコーチング』です。

 

 

ふわスピ信者が危ういのは、スピリチュアルをアプリオリ(先見的・絶対的)なものとして盲信しているからです。盲信すれば客観性を失って、抽象度を上げていくことが難しくなります。視野が極端に狭くなるのです。

 

チャイティンやゲーデルといった数学者も証明しているように、この世に絶対ということはあり得ません。自分の考えも然りです。パラダイム(ものの見方)というのは採用するものなのです。

 

 

個人的には左脳系スピリチュアルはスピリチュアルではないと捉えています。

(だから“左脳系”スピリチュアルなんですよね。)

 

とは言え、スピのパラダイムを採用しているので、ふわスピにハマってもがいている人には、スッと入ってくると思います。スピの霧が瞬く間に晴れて、清々しい気分になるはずです。

 

『スピリッチ=情報リテラリッチ』として生きていくために

 

創造者の画像

 

ふわスピにハマっちゃってる人は、口では高尚なことを言いつつも、客観性を失って気づかないうちにエゴまみれになっていたります。

 

僕もかつては通ってきた道ですが、こうやって系の外から眺めてみると、ふわスピ発信者がただのイタい人に見えてきます。本人は良かれと思っているんだろうけれど、インターネットという拡声器を使ってエゴの肥大を助長させるような情報を笑顔で垂れ流しているのに、気持ちの悪さのようなものすら感じます。

 

 

ふわスピ信者は思考停止状態+情報弱者であることが多いです。おそらく世の中の90%の人は情弱ですが、ふわスピ信者は情弱の中の情弱と言っても言い過ぎじゃないと思います。情弱に特化したメッセージに極端に敏感で、簡単に反応してしまうからです。悪徳スピビジネスのカモになりやすいのです。

 

 

今の時代、情弱でいると時間もお金も労力も全てを失い続けます。5Gや人工知能、VRといった言葉が世間にもだんだん浸透しだして、「情弱はより情弱になる」「情弱はより不幸せに近づくような選択をするようになる」そんなシステムが構築されつつあるからです。

 

 

日本という国では情弱が量産されるような残念な教育システムだし、マスコミはそれを後押しするような情報を垂れ流しているので、デフォルトで情弱であるのはある意味、仕方がないことだと思います。でも自らふわスピの海にダイブして、情弱の中の最情弱に落ちる必要はどこにもないんです。

 

僕も「情弱じゃない」とは言い切れませんが、ちょっとでも視点を上げる意識を持って日々、過ごしています。視点が上がった方が幸せですから。情弱なのがダメなんじゃなくて、情弱から抜け出そうとしないのが問題なのです。

 

 

もし、自分にも当てはまりそうだと少しでも感じるなら、『スピこじ』にある関連記事を参照しつつ、地に足をつけて客観性を育てていってほしいと思います。

 

最後に

 

『スピこじ』をきっかけに、ふわスピのパラダイムから抜け出すきっかけをつかんでもらえれば’嬉しく思います。

 

もう一度、リンクを貼っておきますね。

 

→ 『スピをこじらせた人のための処方箋』

 

 

少しでも引っかかるものがあるなら、ぜひブックマークに登録しておいてください。そして、もし知り合いの方に『引き寄せジプシー』『スピリチュアル難民』になって右往左往している人がいれば、ぜひ『スピこじ』を勧めてもらえればと思います。何かの助けになるはずです。記事も毎日のように更新・アップされています。

 

 

また、記事を読み進めていると、ご覧のように【サトリ式ビジネス講座】という無料オンラインプログラムのポップアップ画面が出てきます。

 

スピリチュアルのパラダイムにいる人は、「お金がなくても心は豊か」という『清貧思想』の呪縛に囚われている人がやたら多いですが、これ大矛盾ですね。「執着を手放そう!」なんて言いながら、『お金=悪』という思い込みに囚われているわけですから。

 

そうであるなら、なおさら飛び込んでみてほしいと思います。この講座をキッカケに『ふわスピ』から抜け出して、真の自由を掴んだ人はたくさんいます。

 

あなたもそのキッカケにを掴んでくれるのなら、僕はとても嬉しく思います!

 

 

最後に左脳系スピリチュアル関連のリンクを貼っておきますね。

 

要チェックです!

 

 

公式ブログ:https://sanoukei.net

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追伸、ブログ引越してます。

『Bohemian Surf』

【サーフィン+自己啓発+ビジネス】をテーマに発信しています。

アメブロの方も、折に触れて更新していくので引き続きよろしくお願いします。^ ^

 

そう言えば、30を過ぎてから、

小説をほとんど読まなくなりました。

 

 

20代の頃は、

 

村上龍

村上春樹

遠藤周作

安部公房

沢木耕太郎

高橋源一郎

山田太一

フランツ・カフカ

ジョージ・オーウェル

カズオ・イシグロ

スコット・フィッツジェラルド

ダン・ブラウン

パウロ・コエーリョ

ジャック・ケルアック

 

 

と、挙げようと思ったけど、

自分でも驚くほど出てこない。苦笑

 

 

 

昔のことはすぐに忘れちゃうタチですけど、

おそらく潜在意識の領域に

投げ込まれたんだろう、と解釈しておきます。

 

 

その代わり、実用書的なものを

多く読むようになりました。

 

 

あることを境に自分の人生が

ビビッドになってきたからだと思います。

 

 

まあそれも、大方、

忘れちゃうんだろうなとは思いますが・・。

 

 

 

でも、潜在意識に投げ込まれたということは

自分という存在のベースを作ってるワケで、

 

価値判断やインスピレーションの

源泉になってるんですよね。

 

 

ちなみに、30以降で、最も影響を

受けた本は苫米地さんの本かなと。

 

 

 

 

マッドサイエンティストすぎて

好き嫌いが分かれるところではあるけど、

 

言ってること自体は論理的だし、

抽象度も飛び抜けて高くて

かなり“マトモな本”だと思ってます。

 

 

 

 

ということで、今回は

 

『読書をする人にしか見えない風景』

 

という話をしていきます。

 

 

 

要は、本を読みましょうってことなんですけど、

 

まず、最初に質問があるんですけど、

 

「本読んでますか?」

 

 

 

 

あるデータによると、大学生の50%以上は

毎日の読書時間ゼロらしいんですよね。

 

で、この数字って年々伸びてるっぽいんすよ。

 

 

「別に本なんか読まなくても問題ないでしょ」

 

って思ってる人も多いかと思うんですけど、

そういう人にこそ今回の話を聞いてもらいたいと思ってます。

 

 

 

 

本を読むことで得られるメリットを一言で表現するなら、

 

それは

 

『思考力』『ものを考える力』

 

を育てることができるってことなんですよ。

 

 

 

 

 

よく『浅い人』っているじゃないですか?

 

例えば、映画をみても誰でも言えるような

一般論的な感想しか言えないような人、

 

そう言う人って、普段から「考える」ってことが

圧倒的に足りてないんですね。

 

 

だから、ニュースなんかを見ても

表面的な部分しか見えないし、

 

何かを経験しても

浅い理解しか得られないんですよ。

 

 

思考の深さってものを見る深さと同じなんですよね。

 

 

 

 

逆に、同じ映画を見ても、

視点が鋭い本質的な感想を話せる人っていますよね?

 

 

そういう人は、センスがいいとか、

見る目があるとか、そう言うこと以前に、

普段からしっかり自分の頭でものを考えているんですよ。

 

 

質問力にも関係してくるんですけど、

しっかり頭を使ってる人って、

 

答える方も頭を悩ませるような

本質的な質問ができたりするんですね。

 

 

 

 

一方、そうでない人は、

誰でも答えれるような

しょーもない質問しかできないわけです。

 

 

認知科学とか量子論でも

言われてることなんですけど、

 

みんな同じ世の中を生きているように見えて、

 

実は、人それぞれ見えてる世界というのは、

全く違うんですよね。

 

 

同じ映画を見ていても、

そこにいる二人は全く違う見方をしているんですよ。

 

 

 

Aさんはその映画の本質的な

深いところまで見えてるのに対して、

 

Bさんは表面上の

枝葉の部分しか見えないわけです。

 

 

 

 

そうやって見てみた時、

「考える力』っていうのが

 

人生のクオリティに

大きく関係しているような気がしてきませんか?

 

 

 

とは言え、もともと生まれ持ったIQだったり、

頭の回転の速さとかもあるんですね。

 

 

でも、そういうのって要は瞬発力なんですよ。

 

 

要は、足が速い短距離ランナーなんですよ。

 

 

で、読書で養われる考える力って、

中距離ランナーとか長距離ランナー的なんですよね。

 

 

だから、本を読んでるからといって、

いきなり頭の回転が速くなるってわけではないんですよ。

 

 

でも、確実に深みがある考えを

持てるようになっていくんですね。

 

 

 

もし、頭の中のデータを

全て可視化することができるなら、

 

本を読む人とそうでない人には

圧倒的な差があるはずなんですよ。

 

 

 

 

一方は年間100冊の本を読む人、

もう一方は全く読まない人、

 

この二人の10年を比べた場合、

頭の中の変化にどれだけの差が生まれるか

ってのを想像して欲しいんですよ。

 

 

 

『考える』ということは建設的に

知識を組み合わせていくことなんで、

 

本を読んで知識をつけることで

考える力を養うことができるんです。

 

 

 

特定の分野の本を5冊~10冊読むと、

それだけで、その分野では

人口の上位5%ぐらいにはなれるんですよ。

 

 

 

例えば、人間の体の構造

についての本を10冊読めば、

 

その辺からランダムで100人連れてきたとして

そのうちのトップ5に入れるわけです。

 

 

年間でジャンルをまたがって100冊の本を読む人は

いろんな分野で人口比トップ5の知識を持っているんですね。

 

 

 

全く知らない分野の本は

1冊読んだだけじゃそんなに身につかないが、

 

2冊3冊と読んでいけば、

そこそこ詳しい人になっていくんですよ。

 

 

10冊読めばかなり詳しい人で、20冊読めば

 

「一般的な人にとっては専門知識を持った人」

 

ぐらいに見えるはずなんですよ。

 

 

もちろん、研究者に比べたら全然、

足りないレベルかもしれないですけど、

一般的には超詳しい人になれるんですね。

 

 

で、そう言った知識を組み合わせていくことで、

考えっていうのはゆっくりと深まっていくし

思考の抽象度は上がっていくんですよ。

 

 

 

ということで、続きは、動画で、、、

 

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 携帯のアドレスやApple系のアドレスは

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『 IoT(Internet of Things)』

 

モノのインターネット化を指す言葉です。

 

 

これからありとあらゆるものに、

インターネットが組み込まれていきます。

 

 

 

例えば、僕が家で使っている掃除機にも

インターネットが組み込まれてて、

外から遠隔操作もできるし、

 

内蔵されているAIによって、

掃除機が自分で部屋の形状などといったデータを

収集しながら掃除していくので、

 

ものすごく掃除効率がいいんです。

 

 

 

TVにインターネットが組み込まれているのは

もはや一般的になっているし、

 

これから冷蔵庫、洗濯機と言った白物家電をはじめ、

 

公共インフラや自動車にまで

インターネットが組み込まれて、

 

僕らは完全にインターネットに

包まれたような世界を生きることになるはずです。

 

 

 

で、今、現在進行形で

どういうことが起こってるのかというと、

 

今、ありとあらゆるものが

物理空間から情報空間へと引越しを始めているんですよ。

 

 

ということで、まずは以下のセミナーを

ご覧になってみてください。

 

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