ウシ、、、ウシ、、、ウシ

ゆっくり、深く

考えながら口に出せば出すほど

ウシ”という響きは面白い。

突然 ”ウシ” という生き物に興味が湧いた。

 牛

僕たちの食生活には今や欠かす事の出来ない存在。

世界中のどんな地域であっても育てる事ができる。

時には重い荷を担ぎ、山や谷を駆け上り、駆け下りる。

ある種は”牛乳”というタンパク質・カルシウム・必須アミノ酸を豊富に含む栄養価の高い

物質を生成する。

しかし

ウシ”の大半は人間である僕たちに

食べれる為に生まれ、育てられ、

そして

殺される。。。


これは非常に難しい問題のうちの一つだ。


つい200万年ほど前までヒトと”ウシ”は

アウストラロピテクスと”オーロックス”という名で共存していたらしい??

それがいつしか”食べる側”と”食べられる側”

”働かせる側”と”働かされる側”の関係になった。

紀元前6000年。

ヒトはそれまで共に生きてきた”ウシ”を家畜化した。

西アジア。

今のインドのあたりで生息していた、

野生の”ウシオーロックス

勇猛で誇り高かった”オーロックス”だったが

ヒトの手により家畜とされ各地へと広められた。

それまで”ウシ”が生息していなかった新大陸にも

1494年。

ついにコロンブスの手により”ウシ”は派遣された。

さらにその後の急速な文化・技術の発達により

ウシ”は世界へ広がり、

それぞれの場所で、それぞれに適した進化と適応を果たした。

世界に”ウシ”が広まるに比例し

インドの”オーロックス”はどんどん家畜化され減っていった。

荒々しく勇ましい彼らは最後の最後までヒトに対し抗い続けたが、

17世紀。

ついに

野生の”ウシ

最後の”オーロックス”はいなくなった。

いま世界中に存在する全ての”ウシ”のはじまりである”オーロックス”は

みな家畜の”ウシ”となり絶滅してしまったのである。



”ウシ”が本当にそれを望んだか!?



確かに食物連鎖の進化の過程上仕方の無い事なのだと思う。

もしかすれば、ヒトと”ウシ”は逆の立場になっていたかもしれない。

しかし納得せざるを得ない。

それはヒト側の都合のいい意見に過ぎないかもしれない。

ウシ”にとってはいい迷惑だ。

ただ、今さら変える事も出来ない

正直ヒトとして変わりたくもない。。。


だとすれば

せめて”ウシ”に対して敬意は払おう。

彼らを祖末にするのは止めよう。

ムチで叩きすぎたり、あまり働かせ過ぎないでおこう。

生きているうちは、より良い環境で暮らしてもらおう。

放射能汚染が進んでいる地域に、家畜だからと言う理由で

ほっておくのは正直どうかと思う。。。



ヒトの世界が今のような発展した文化を持ったのは最近になってからの事だ。

ただ生きるためだけでなく

いつしか

地位、名声、夢、お金、、家族や健康、やりがいそして喜び。

文明の発達は、様々なことのためにヒトが生きられるようにした。

しかし、彼ら”ウシ”

紀元前6000年から約8000年の間

ヒトに使われ食べられるためだけに生かされた。

ヒトのように他のなにかのために生きようと思ったかもしれないが

ヒトの為に彼らはそう出来なかったのかもしれない。




彼らは”ギュウ”では無い。

”ビーフ”でも”ステーキ”でもない、、、

彼らは”ウシ”だ!!

ウシ”という言葉もヒトがつけた事には変わりないが、

せめて僕たちのために”ギュウ”にも”ステーキ”にもなってくれている

彼らに敬意を払い

僕はちゃんと”ウシ”と呼ぶ事にした。

”モー”っとなく彼らは”ウシ”だ。

今は前ほど

ウシ”という響きに笑えなくなった。。。



美味しく頂こう。いや、美味しく調理しよう。

そもそも”ウシ”は美味しい。

感謝して、慈しんで。

いただきます。



。。。何を書いてんだ、僕は。笑