明日は、サントスFCがクラブ選手権決勝でバルセロナFCと対決。この日が、とうとう来ました。  

 サントスFCの応援団、トルシーダ・ジョーベンの一員として、自分ができる範囲のことはしてきました。ジョーベンが、日本に初上陸。12月14日のトヨタでの試合でも、ジョーベンとして、私は頑張りましたが、明日はいよいよ決勝。

 沖縄サンバカーニバルの運営と同じで、応援団のスタッフも少ないので、もうてんてこ舞いなのです。ブラジルと日本という観客の文化の違いも大きく、そのあたり、私が本当に頑張って、手伝わなければならないことです。

 応援の様子については、決勝が終わってから、ゆっくり書きたいと思います。

 とにかく、サントス世界一に向けて、ジョーベンと共に燃え尽きます!!!

「沖縄サンバカーニバル2011」が終わって1週間。関係者の皆様、大変お疲れ様でした。
 今年も大盛況で、毎年さらにさらに大きく育っている気がします。

 沖縄市の幹部の方にも「大盛況でしたね~」とお褒めの言葉をいただきました。

 まだ後片付けをしている最中ですが、ゆっくり反省をしながら、また新たなカーニバルに向けて準備をしていきたいと思います。

 参加した方々、見に来てくれた方々、ご意見、ご提案など、どしどしお寄せください。
 お一人おひとりの声で、カーニバルはできているのです。
 オ・ペイシが主催する11年目の「沖縄サンバカーニバル」が、いよいよあと3日後に迫りました。

 関係者の皆さん、力を合わせて頑張りましょう!
 
 この日は、サントスFC応援団サンバチーム、トルシーダ・ジョーベンのエスコーラ誕生フェスタとも、今年はちょうど重なってしまいました。ヴァイヴァイ、カミーザ、ネネ といったサンバウロの伝統的なサンバチームがジョーベンに来る一大フェスタです。
 
 しかし、一度にすべてのことはできません。「沖縄サンバカーニバル」に全力を注いで、いいカーニバルにしたいと思います。

 沖縄で早くから準備に奔走している皆さん、お疲れ様です! カーニバルを育てていきましょう!


 サントスFC応援団、トルシーダ・ジョーヴェン42周年フェスタが先週末ありました。
 この日のために、練習場、クアドラを3カ月前から大改装。サンパウロ市内のサンバチームで5本の指以内に入るほど大きなクアドラなのですが、壁全面をチームカラーの白と黒の全面タイルにし、床も全部ペンキを塗りなおし、一大事だったのです。

 チームのスタッフは2日前から徹夜で最後の作業をしたそうで、私が会場についたときは、まだみんな、目を真っ赤にし、作業着のまま、直前に降った大雨の水をモップではいていまっした。

 このフェスタには、サントスFCのルイス・アウヴァロ会長、守備の帝王 ムリシー・ハマーリョ監督も駆けつけ「応援団のみんな、いつもスタンドを湧かせてくれてありがとう!」と激励してくれました。

 挨拶では、「日本のムンジアウ(世界クラブ選手権)で優勝して来よう!」「今度は、このクアドラにムンジアウの優勝トロフィーを持って帰って来よう!」と盛んに言い、会場は盛り上がりました。

 世界クラブ選手権を放映する日本テレビも、このフェスタを取材しに来てくれていました。

 ジョーヴェンのこのクアドラが、日本にも放送されるかと思うと、何だかとても不思議な感じです。

 私もこの日のフェスタのために、大騒ぎをして、サントスFCエンブレムが入った衣装を作り、腕のたすきを作り、サンバをしました。サントスファンの女の子たちは、この服を随分と気に入ってくれました。

 私も含め、ジョーヴェンにとって、大変なフェスタでした。

 

 先週のモシダージ・アレグレのフェスタに、リオの人気サンバチーム「マンゲイラ」が来ました。
 マンゲイラが見たいがために、このフェスタに来た人もいたほど。
 
 チームの象徴は、旗です。マンゲイラの緑とピンクの旗が会場に到着した瞬間、いよいよ来たのだ、と会場がざわつきました。

 演奏する曲、ほとんどが耳なじみのある曲ばかりで、なかなか優勝はしなくても、マンゲイラがサンバにどれだけ貢献しているかが、よくわかりました。

 沖縄サンバカーニバルは、いよいよ来月26日。
 今年もオ・ペイシ・キ・ヒの青と白の旗は、オ・ペイシを長年大事にしてくれる旗持ちカップルが守ってくれることになっています。

 オ・ペイシの旗がゲート2に入った途端、「わー今年もオ・ペイシが来た!」と喜んでくれる人がいるような、そんなカーニバルにしたいものです。

 

 今年もモシダージ・アレグレの「24時間サンバ」のイベントへ行って来ました。今年、つくづく感じたのは、招待されたチームも招待したチームも、自分たちのチームは、こんなにすごいのだ! と戦っているのです。

  サンパウロ、リオで計10チームほどがこのイベントに招待されているのですが、どこのチームも自分のチームの歌を誇りに思い、これ以上踊れない、というくらい踊り、叩き、自分のチームがこの世で一番だ! と体いっぱいで表現しているのです。
 
  私たちの沖縄サンバカーニバルにも東北から九州まで10チーム近くの人たちが集まってくれます。各チームが、ここで戦うほど、すごいイベント合戦が出来たら、それはそれで面白いカーニバルになると思います。
 
  モシダージは44年の誕生日がこの24時間サンバ。沖縄サンバカーニバルは、まだ11年ですから、あと4倍の年数を重ねたら、こんなふうになれるのでしょうか。
 
  まあ、1年ずつ頑張ることですね。
 
  11月26日の沖縄サンバカーニバルまで、2カ月をきってしまいました。

 沖縄サンバカーニバルまで、あと2カ月。だんだん準備が忙しくなってきました。
 ブラジルのカーニバルまでは、あと5カ月あるのですが、それでも9月は、サンバイベントでかなり忙しくなってきています。
 
 平日にも練習やミーティングがどんどん入り、徹夜のイベントがあって、またその日に今度のカーニバルの選曲会、と1日に2度もチームへ行くほど、密に行事がありました。
 9月は、これがまだまだ続きます。

 毎年のことながら、主力メンバーの入れ替わりや新組織づくりもあり、このカーニバル年度の方向が固まる時期でもあります。

 沖縄サンバカーニバルを目前に、ブラジルのサンバのこんなところを持って行けるな~と考えている次第です。

 

 我がサントスFC応援団のサンバチームも2012年の選曲会が始まりました。
 サンパウロは今、冬の終わりなのですが、毎年、この時期は、震えながらサンバをする日があります。
 それもサンバの服に問題があるのですが、私たちコルチ(王室メンバー)は、真冬でもバテリア(打楽器隊)の前で踊るのに、長袖、長ズボン、というわけにはいかないので、肩の開いた服に、ミニスカートというスタイルです。
 
 踊り始めれば、体は温まるのでいいのですが、最悪なのは待ち時間。
 バテリアがある程度、調子に乗るまで打楽器だけの演奏を行い、リズムが固まったところで、チームの歌が始まり、団旗を持って踊るカップル(ポルタ・バンデイラ&メストレ・サラ)と私たちダンサーの出番となります。
 
 先週など、気温8度だったので、自分たちの出番のなるべくギリギリまでスキージャケットをはおって、もう始まる、というときにジャケットをエイヤ!と脱ぎました。

 どこのサンバチームも暖房はありませんから、風が吹きさらしの場所でのサンバなのです。

 カーニバル直前の真夏の練習も暑くて大変ですが、寒~い時期のサンバもなかなか辛いものがあります。一年を通してサンバをする、というのは、まあこういうものなのでしょう。

 恒例の「沖縄サンバカーニバル」は、今年は2011年11月26日(土)に行います。
 ユウジが作った参加募集の案内をこのブログに貼っておきますので、読んでくれた方々、是非、お知り合いに参加の声がけをしてくださいね。
 オ・ペイシが2001年に始めたカーニバル、少しずつ大きくなってきました。
 今年のテーマは、「海人」(うみんちゅ)です。このテーマを大パレードで、どう展開するか、もう具体化しなくてはいけません。
 パシスタの振付その1は出来ていますが、これから、どんどん構想を固めていかなければ、いけません。

 アイディアのある方、どしどしお寄せください。
 
 サントスFC応援団の次のフェスタに向けて、チームのハイーニャ(サンバ・クィーン)と2人、サンバ用のドレスをオーダーメイドすることにしました。サンパウロの有名なサンバダンサーご用達のアトリエで作ることになったので、ちょっとドキドキしています。
 
 デザインを今、チームのカルナバレスコ(カーニバルの演出家)と相談をしているところですが、最近流行りの素肌に見立てた布地にラインストーンを散りばめる、という結構、スキャンダラスなドレスになりそうです。

 いくらお金がかかることやら、恐ろしい・・・

 来年はサントスFC100年、しかも今年はリベルタドーレス杯で48年ぶりに優勝! そして、12月には、日本で世界選手権でバルセロナと対戦。そんな中での応援団創立記念フェスタですから、どれだけ盛り上がることか!!

 バテリア(打楽器隊)の前で踊る私たちのサンバドレスも、そりゃ力(リキ)を入れなければ・・・なのです。