パンパンパンダのブログ -97ページ目

パンパンパンダのブログ

ブログの説明を入力します。

彼は「絶対的な善人」と言えるだろう。
自分の語彙力ではそれが精一杯の表現だ。

俺の母親が病気で余命が短いと知った彼は、家族でもないのに手を尽くしてくれた。
「不安や悲しみ、苦しみは誰かに話すことで少しは紛れるものだ」
そう言いながら、彼はいつも真剣だった。

どんな状況でも前を向けるような言葉を必ず与えられる、そんな人だ。
恐ろしく前向きで、それでもそれはただの楽観ではなくて、現実的で論理的で、時に感情的で、その全てがその人の求めている言葉だった。
人の心を汲むことの出来る人。人の痛みが分かる人。優しくて明るい人。他人のことに真剣になれる人。喜びを分かち合える人。
彼を形容する言葉は尽きない。
彼への評価は人それぞれ異なるかもしれないが、それら全てをまとめれば「善人」に収まるだろう。

彼は何人の命を救っただろうか。
何人の心を救っただろうか。

何人が彼に感謝しただろうか。
彼を掛け替えのないものだと思っていただろうか。

そして、そんな彼のことをほとんどの人が忘れてしまっていた。
幸せになってしまえば、這い上がってしまえば、苦しかった時のことなど思い出そうとはしない。
そこから何故抜け出せたのか、それすらも。
感謝の気持ちは時間によって風化する。

彼はきっとその風化を待っていた。


彼は聖人ではなかった。
彼は自分の限界を悟っていた。
彼は特別ではないことを自覚していた。
救う相手は身近な人間に留めていた。


知り合った人は助けたい。
それが例え偶然すれ違った人だとしても。
それを自分には関係ないと見過ごしてしまったら、自分が悪人になってしまう気がする。

彼はそう言って自嘲的な笑みを浮かべた。

その意味が俺には分からなかった。
俺だけではない。誰もが理解していなかった。


それがいつのことだったか思い出せない程の時間が経った。
俺が彼を思い出したのは、助けたい人を見付けたからだった。
掛ける言葉が見付からない。求めている言葉が分からない。考えていることが分からない。
助けたいという気持ちだけが先走りし、中身のない言葉しか出てこない。
相手は無理に笑顔を浮かべて「大丈夫」と言うだけだった。

どうすれば助けられるのか。それを考えていた時に浮かんだのが彼だった。きっと彼なら助けられる。きっと彼なら、何かいい意見をくれる。今の俺を助けてくれる。

けれど、彼と連絡が取れることはなかった。
彼はいなくなった。


みんなの前から消えた、という言葉は合わないだろう。
みんな彼のことなど忘れていたのだから。
彼の前に誰もいなかったからこそ、彼は消えたのだろう。
彼がいなくなってしばらく経ってからそんなことを思うようになった。


彼のことを考え出してみて初めて気が付いた。
俺は彼のことを何も知らない。
下の名前すら知らなかった。