そもそも友達が多い人なら彼を必要としないのかもしれない。
浅くて広いだけの友達関係に嫌気が差して、なんて人もいるにはいるようだが、基本的には友達が少ない人が多いように思う。
だからこそ、誰からも彼の行方を聞いたりは出来なかったし、彼がいなくなってしまったことに気付いている人がどれだけいるかの見当もつかなかった。
そもそも本当にいなくなってしまったのだろうか。
単純に自分の前から消えただけなのではないだろうか。
現代の人間の繋がりの多くはスマートフォンに依存しているように思う。
スマートフォンがなくなってしまえば当たり前のように連絡が取れなくなる。
住所も固定電話の番号も知らない。
もし誰かの身に不幸が起きても、その事実を知らないまま、その人の存在を忘れていくのかもしれない。
唐突に浮かんだその考えを何故だか真実のように思えてしまい怖くなった。
そして、仕方なく興信所へと駆け込むことになった。
今思えば、そんなところに行かなくても大学に行けばなんとかなったのかもしれない。
個人情報云々なんて話が出たとすれば、それは無事を表すことと同じように思う。
不幸があったとき、それを大学が把握出来るものなのかは分からないが。
それを考えると、自分の考えが間違っている気になってくる。
もし、自分に不幸が起きたなら、親はきっと友達を呼ぶためにあらゆる手段を講じるだろう。とは言っても、スマートフォンのロックを解除したりはせず、学校経由で呼び掛けるのではないだろうか。大学は難しいかもしれないが、高校程度の規模であれば可能かもしれない。クラスメイトに連絡を、となれば不可能ではないように思う。
しかし、どちらにせよ大学で同じ研究室に所属していたわけでもない彼のことは自分まで届くことはないのだと思い直した。
拍子抜けするほど彼はあっさりと見付かった。
隠れているわけではないのだから当たり前か。
しかし、やはり、自分には連絡が届かなかったのだ。
そこには、彼は一年程前に命を絶ったことが記されていた。
彼の葬儀にはあまり人を呼ばなかったようだった。
学校には連絡をしたのだろうか。そういったことは分からなかった。
もう亡くなっている人を調べるなんてことは事情を知る人に聞かなければ分からない。
調査報告書にある彼の実家を訪ねようか迷った。
行って何を聞くのか。何を話せばいいのか。
それでも線香の一つでもあげなければならないと思った。
自分が最初の一人になるような気がしていたのだ。
それでは報われないではないか。