自分にはその虚しさがよく分からないまま、童貞を捨てずに成人した。
初めての性交は虚しさを感じる余裕もない、といった感覚だった。満ち足りてなどいなかった。
ただ、疲れただけ。疲れて疲れて、気持ちよかったから続いたものの、終わってしまえば残ったのは疲れのみ。興奮していた気持ちもどこかへ消え去り、ただただ荒れた息を整えるので精一杯だった。
人は他人の痛みなど分からない。また、快感すらも理解出来ない。
そう思うには充分な体験だった。
それからというもの、必ず性交後に虚しさが伴うようになった。
結局は自分が気持ちよくなるための行為なのだと知った。ならば別に自分は絶頂に到達する必要はないのだと思い、ただ、相手が早く果てるのを待っていた。
それでも虚しさは訪れる。
何のために自分は。
自慰行為の方がずっと気楽だ。
誰に気を遣う必要もない。
肉体関係を迫られても断るようになった。
それでもたまに応じてしまう。
これを献身と言うのだろうか。
虚しさはどこから生まれてくるのだろう。