ここにはその過程全てを記録しようと思う。
自由とは何物にも縛られないこと。
苦痛、規則、思想、常識、他者、時間・・・そういった物から解放されることである。
ドラマのメインテーマである『アドラー心理学』について自分はドラマで紹介された以上のことは知らない。ただ、自由について取り上げるのであれば、恐らくは、『他人との繋がりからの解放』が『自由』なのではないかと思われる。
他者からの束縛の最たる例は『期待』であると思う。
こういう人であってほしい。こんなことをするはずがない。
そういった相手の理想や希望の中で、人は少しでもそれに応えようと自分を曲げていく。無理をする。
それは相手に嫌われないための行動で、嫌われること(一人になること)が死に直結するという本能による恐怖から来ているのだと思う。
つまり、その束縛から解放され自由になるためには、嫌われなければならない。というより、嫌われなければ自由にはなれないのだ。
ドラマのタイトル回収にもなるわけだが、『嫌われる勇気』がなければ人は自由にはなれない。
だが、そこまでして手に入れた『自由』に価値はあるのだろうか。
既に持っている者はそれを望まないように、自由を望まない私はきっと今自由の中にいるのだろう。
しかし、それは他者に嫌われることで得られたわけではない。
今ある他者からの束縛そのものが自分にとっての自由なのだ。
全身を身動き取れない程に拘束された時、初めて全ての義務から解放される。
何故なら、したくても出来ないのだから。
何も出来ないのだから。
しなくてはならないこと全てから解放され、残るのは思考のみ。
何にも縛られず自由に思考できるのだ。
全ての繋がりは尊い。
それは私を縛り、そして自由にしてくれるのだから。