誰かのために生きるという | パンパンパンダのブログ

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それは崇高なものなのか
それとも傲慢なのか


例えばそれを俺が口にしたところで
「何様だ」と言われて終わり
それは何故かって 答えは簡単
まだ 何も成していないから

例えば 何百人という大勢の人を救っただとか
とてつもない大金を寄付しただとか
そりゃ大したものだけどさ
身の丈に合ったものじゃダメなのかい


ああ もう 何もわかってないよな
そりゃそうだ 誰も教えてはくれなかった
みんなと同じが一番で
特別はただの「異端」だったからな

ああ もう 何も言うなよ
諦めたやつが俺を嘲るなよ
自分のためにしか生きられないくせに
他人の幸せを願うことを笑うなよ


知ってるよ
俺もそうだから
結局は 全て
自分のためだから

でもね
時々あるんだ
他人から感謝されたとき
ただそれだけが嬉しいと感じることが

そんな俺を好きでもいいだろう
誰も好きになってはくれないんだからさ


ああ もう 何もわかってないよな
お前は理解される側
理解する側の気持ちが
お前に分かるわけがないだろ

ああ もう 何も言うなよ
全て想定内さ
長い間 自問自答繰り返してきた
深く堕ちた俺にお前の手が届くはずもない

なあ おい 分かるか
俺からはお前がよく見えるよ
明るいところにいるからだろうな

なあ おい 見えるか
お前から俺は見えないだろ
見えるのは笑顔貼り付けた面だけだろ

下を見る生き方はしないと
上だけ見て歩く素晴らしい彼ら
彼らの頭上には星が輝くのだろう
それが悪いとは思わないさ

でも俺は下に興味があるんだ
崖の下には何があるんだろうって
それが孤独でも 周りから見えなくなっても
きっとそれが誰かの救いに
めぐり巡って自分の救いに
なればいいな なんて
思いながら今日も
崖の下にいる誰かに
声を掛け続けるんだ


それは崇高なものじゃない
でも傲慢だと言わないでくれ