約10年前の独身時代、学生時代の後輩とモンゴルへ1週間ほど旅行した。モンゴルの内陸部のツェンケルという、割とマニアックな温泉に行った。ドライバーさん付きの車をチャーターしたプライベートなツアーである。宿はモンゴルの遊牧民が住む移動式テントである「ゲル」が草原のど真ん中に点在しており、そこに泊まった。中には煙突のついたストーブと、ベッドが二つあるだけの簡素な施設だった。
 滞在中は露天温泉に入ったり、馬に乗って草原を回ったりとただただのんびりと過ごした。夏といえど、夜の内モンゴルはとても寒い。夜はストーブにマキをくべながら、裸電球の下でモンゴルのウォッカを飲み、時折外にでて、白い息を吐いて夜空を見上げた。周りに何もない草原の夜は、まさに漆黒の闇で、まるで宇宙に投げ込まれたかのように四方を星々に囲まれた。昼も夜も、日本では見たことのない景色ばかりで、草原にただ放置されただけのような旅行だったが、そのシンプルな数日に心身をデトックスされ、たまらなく癒された旅だった。

 …しかし男2人の旅行ともなると、問題になるのが性欲である。私は1週間くらいの禁欲は特に問題ではなかったのだが、2~3日目から後輩の様子がおかしくなってきた。「きついっすよ~。一緒にシコリましょうよ~」などと繰り返し意味の分からない誘いをしてくるようになったのだった。
 
 ある日の朝、ウォッカの後味をわずかに口の中に感じつつ、固いベッドの上で目が覚めた。ゲルの外に出ると、朝日に照らされた草原が朝露で輝いており、数日のうちに見慣れた、野生なのか飼われているのかよくわからない牛たちもオレンジ色の朝日を浴びてのろのろと変わらずにそこらへんをうろついていた。ふと気が付くと右手前方の青空に大きな虹がかかっていた。…キレイだな…。私は椅子に座って、ゆっくりとコーヒーを飲みながら感傷にひたり、見たこともないほど鮮やかで大きな虹をゆっくりと見つめた。素晴らしい朝だった。
 
 少々遅れて後輩が起きてきた。おう、きれいな虹がでてるぞ!言葉少なに私なりの感動を伝えると、後輩は「先輩、実は、、、」…この美しく雄大な景色を前に、どうでもいい告白を始めたのだった。
 曰く、前夜、私がウォッカを飲みながら寝落ちしたあと、我慢できなくなり、私が寝ている横で、2回オナニーをした、と。
 目の前の何とも美しい、清らかな光景を前にして、あまりにも場違いで唐突な、男の劣情のカミングアウトを聞かされたので、思わず絶句したあとに、私はごちた。
 …きっと、お前が昨日出したオタマジャクシ達はあの虹の橋を渡って、今頃、天国に帰っていってるんだろうな…。

 人生で何度も見れない様な絶景を見ながら、しょーもないカミングアウトをされるという異常な状況下、きっと私の中の作家性が刺激されたのだろう。素敵なおとぎ話の一節のようなものが私の頭に降りてきたのだった。

 それ以来、私の周りの仲のいい後輩連中の間では、オナニーをする、ということを「虹をかける」という修辞句をつかって表現している。それはいまだに。
 先日、ふとそんな思い出話を妻にすると、知的なんだかバカなんだか良く分からんな、と呆れ顔で言われた。
 
 そう、私たちは知的オナニストである!!(現在は禁欲62日目のオナ禁修行者である)