昨日は午前中仕事をサボって映画を見に行ったw

「人はなぜラブレターを書くのか」。勝手な思いでこれはいっときも早く見なければいけないと思っていた。何故だか私が何年も忘れられなかった事件があった。それをモチーフにした映画だという。製作が発表された数年前、驚くとともに、絶対に見に行かなければ、と思った。…見終わって涙が止まらなかった。事故の後、そんな後日談があったとは…。


 この映画は26年前の中目黒での日比谷線脱線事故をモチーフとした実話をもとにした映画である。その事故の被害者となってしまった高校生と、いつも同じ時間の電車に乗っていた女子高生を主軸とした物語である。お互い話したこともないが惹かれ合う関係性のなか、事故が起こり、たまたま時間をその日はずらして電車に乗った男子高校生は亡くなってしまった。そして20年の時を経てそのかつての女子高生が、その男子高校生へ、彼が生前通っていたボクシングジムを通じて手紙を送るところから話は展開してゆく。…私の知らなかったその後のエピソードに涙が止まらなかった。


 世間では日々さまざまな事件が起きている。きっとこの事件も多くの事件のなかのひとつとして、26年の時間と共に多くの人にとっては埋もれてしまったトピックのひとつであったに違いない。


 被害者の同世代だった当時の私は何故だかこの事件に大きな衝撃をうけた。身内でもない。友達でも無い。ただ同世代の男子高校生の死。何故だか大きなショックだった。自分も被害者の友達、あるいは同級生かのように悲しみに襲われた。不思議と世の中に数多ある事件のように、他人事として忘れることはできなかった。何年も、彼のこと、そして事件のことを時折思い出した。何度も、何度も、何年も。

 そして、やはり関係ないながらもその事件を引きずっていたからなのだが、何年か経って被害者のお父さんの手記を購入して読んだ。…何だか納得した。勝手に納得した。何故私がこの事故をこんなにこだわるのか。


 私の勝手な思い込みかもしれない。そして自意識過剰なのかも知れない。そして、私の個人情報などを明かす必要は、ここではないので詳細は省く。しかし、私はその彼と、彼がもし事故に遭わなかったならば、かなりの確率で出会っていただろう、ということがその手記に書かれていたのだ。それを読んで驚くと共に、なんだか納得したのだった。

 これは偶然なのかも知れない。が、この事件、そして彼に何年もそんな風に思いが残っているのは、こんな因縁があったからじゃないか。何らかの縁があったからじゃないか、とそう思った。いや、そうじゃなければ何年も所詮は他人事の事件であるあの事件を、数多ある他の事件同様、記憶の彼方に送っていたはずなのである。

 何だか妄想のような、スピリチュアルな感じやら、気持ちのワルイようなことを書いてしまってるかも知れない。妻にもこのことを話したら、思い込みやろwと一蹴された。しかし、私はやはりそうだっのだと思う。運命がちょっとだけズレていたら、私と彼は親友か、ライバルか、あるいは憎むべき怨敵か、そんな関係だったんじゃないかと、そんなふうにまで思えてきた。


 最近読んだ本の中にパラレルワールドは存在する、と書いてあった。量子力学的にそれは存在するはずだと。量子力学とパラレルワールドの関係性は残念ながら私では理解が及ばなかったが、それはつまりさまざまな偶然によって様々な可能性が枝分かれ、そしてその無数の可能性が、パラレルワールドとして、実際にどこかの異次元に存在している、という理屈であった。…私は、どこかのパラレルワールドで、どんな関係かわからないが、彼とどっぷりと関係しているような気がしてならない。

 

 そして、現世の私は昨夜、出張先で仕事絡みのまずい酒を飲み、映画の内容を反芻しながら、何故だか目に涙を溜めてフラフラとホテルへ向かった。

 まぁ私の勝手な妄想、自意識過剰はおいといて、改めて富久信介君(あえて馴れ馴れしくも、君、とさせてもらうが)のご冥福をお祈りいたします。合掌。


 人はなぜラブレターを書くのか。いい映画でした。…サボった甲斐あったなw