自分のブログを見てみたら広告がやたらと入ってて、めちゃくちゃ見にくいんですね!!

 

知らなくてごめんなさいアセアセ

 

広告を外して見やすくなったかなはてなマーク

 

 

 

 

さて、2月2日、沖縄最終日ですやしの木

 

今日は、朝から雨模様傘

 

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予報は雨ですが、私がホテルを出るころには、雨はやむと信じておりますニコニコ余裕のよっちゃん♪

 

チェックアウト後、58号線の所のバス停まで、また送ってもらって、今度はエアポートシャトルに乗って、那覇市の方に行きますバス

 

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ね!写真のように晴れたでしょラブラブ

 

旭橋駅まで2時間ほど、またバスに揺られて行きましょう。

 

そして、到着後、方向音痴の私には、バスを降りてから歩くと言う選択肢はなく、行ってみようと思っているやちむん通りまで、タクシーに連れて行ってもらいますニコニコ

 

親切な運転手さんで、国際通りから一番離れているところまで連れて行ってもらい、そこから歩いて、国際通りに行って、モノレールで空港へという計画です。

 

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やちむん通りで、何か気に入った焼き物があれば買おうかと思っていましたが、ピンとくるものもなく、ハタと私がネットで見ていたのは、やちむんの里のほうだったんだと気が付いたけど後の祭りアセアセ

 

桜の花を眺めたりしながら、、、

 

 

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やちむんは、次回の楽しみにしましょうとてくてく歩いて、タクシーの運転手さんが、ここのソーキそばがとても美味しいよと教えてくれたソーキそばのお店へ。

 

タクシーの運転手さんが美味しいと言うのだから間違いないだろうとそのお店に行ってランチにします。

 

 

 

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掘っ立て小屋のような所が、味がありますね~ニコニコ

 

狭い券売機の所にガタイのいい数人の若者が窮屈そうにおそばを食べています。

 

私も食券を買って、外のテーブルで待っています。

 

テーブルの横に貼ってある新聞の切り抜きを見ていたらここの創業者さんが、ソーキそばを考案したんだとわかりました!

 

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いや、ラッキーキラキラキラキラ

 

元祖を食べられるラブ

 

30歳で脱サラ後、精肉店をしていたけど、売れ残りや廃棄するソーキをどうにかしたいと子供たちにソバに盛り付けて食べさせたら好評だったので、周りの皆さんの助言もあり、お店を出すことに。

 

当時沖縄そばの具は、かまぼこや島どうふが一般的だったそうで、1966年に25セントで我部祖河食堂を始めたらたちまち話題になったそう。

 

今は、子供さんやお孫さんが切り盛りしているそうだけど、この新聞が出たころは、金城さん92歳で奥様は94歳で、共に働いていらっしゃると書いてありますびっくり

 

これは、いいお店を教えてもらったとワクワクしながらおそばを待っていました音譜

 

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さすが、ソーキそば考案者のお店。

 

ソーキも柔らかく味付けも美味しいし、スープも美味しいニコニコ

 

コーレーグースがテーブルに置いてあるので、途中で味変するのも美味しいラブラブ

 

今では、数店舗あるようですが、このおんぼろ小屋が、いい味出してますね~~

 

我部祖河食堂 げんじや~店

 

そして、前回のブログで、書いたように、島どうふチップスの黒ゴマを探して、ドンキやあちこちうろうろ歩き回ったけど、どこにもなくて、荷物になるのが嫌で、たくさん着こんでいたこともあり、暑くなってきましたアセアセ

 

最後の望みと空港で探すことにして、モノレールに乗り込みます。

 

モノレールも交通カードが使えるようになったのですね。便利だわブルー音符

 

空港で、行きに言われたように、チェックインカウンターで、マスクが出来ないことを告げると、一番後ろの3人掛けに一人で座らせてもらえることにニコニコ音譜

 

そして、しつこく島どうふチップスの黒ゴマを探すけど、チーズ胡椒というのしかなくて、仕方なくこれを買っていきましょう。

 

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でも、帰って食べてみたけど、全然美味しさが違った悲しい残念。。。

 

空港もうろうろして疲れたので、ドトールで、休憩ショートケーキ

 

食べかけ飲みかけの写真でごめんなさい爆  笑

 

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そして、飛行機に乗って、私の癒し旅は、終わったのでした照れ

 

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最後までお読みくださりありがとうございました愛飛び出すハート