大僧正天海 (337)
「はてさて、今は誰であったか。」と深い眠りから目覚めた天海は思った。 周囲を見ると傍に胤海がいった。
「今、誰か私を覗き込んでいた御仁がいなかったか。」と尋ねた。
「いえ、何方もおいでには成りませんでした。先生をお呼びしますか。」と胤海は不思議そうに答えた。「いや、よい。」
どうにも、思い出せそうで、思い出せない。
暫くしてはたと気づいた。
「あぁ、そうか勘右衛門か。お迎いに来おったか。」
遠山勘右衛門利景は、慶長19年(1614年)に亡くなった実の弟である。おそらく「一族」を代表して天海を迎えに来たのであろう。
夕刻、床でうつらうつらしていると、今度は本当に勘右衛門がはっきり見えた。ただ随分、若いころの姿である。
「ようやくオレに気付いたか。もうそろそろ良かろうかと思うのだが、兄者には中々気づいてもらえなかった。」と勘右衛門は言う。
「みんな待っておるぞ。お倫殿も庄兵衛殿もずっとお待ちだ。もう良かろうて、そろそろ行くぞ。」
「そうだな、与平次もいるのか。」
「あぁ、お倫殿と首を長くして待っている。」
「ところで家康公は、どうなされた。」というと、勘右衛門は首をすくめて、
「あのお方は別だ。兄者が神に祀ったではないか。亡くなられても、なお日光山でお役目を果たしておられる。」といった。
「そうか、それは申し訳ないことをした。」と天海は少し遠い目をしたのである。
「(寛永二十年十月朔日)このほど大僧正天海病やや危篤のよし聞召れたり。この僧一宗の高徳といひ、神祖にしたしくつかへ奉りしものゆへ、一方ならずおしみ思召、しばしば御懇問ありて、強て薬をふくせしめらるるよし御物語あり。三卿も故𦾔を特遇ありて忝よし啓して退かる。
この夕前毘沙門堂大僧正天海遷化せり。」(「大猷院殿御実記」)
「この頃、大僧正天海の病状がかなり重く、危篤であるとの知らせが将軍家光に届いた。天海は天台宗第一の高僧であり、また神祖(家康)に親しく仕えた人物であるので、ひとかたならず惜しみ悲しまれた。
家光はたびたび使者を遣わって病状を見舞われ、「ぜひとも薬を服用するように」と強く勧められたことを話された。この日拝謁した御三卿は、天海がかねてから厚遇を受けていたことは誠にありがたいことであると申し上げて退出した。
この日の夕方、前毘沙門堂大僧正・天海が遷化(死去)した。」
黒衣に身を包んだ天海が錫杖を手に歩いていた。何とも殺風景な場所である。
「はて、勘右衛門がお迎いに来るはずであるが、何をしておるのだ。」と小首を傾げた。
なおも歩いていくと木陰で妙齢な女性が佇んでいた。
「これはお福殿ではござらぬか。こんなところで何をなされておる。」
するとお福は、カラカラと鈴の音の如く笑い、
「一足先に参りましたので、ここで天僧正をお待ちしておりました。水の音が聞こえますので、もうすぐでございます。皆がお待ちですので参りましょう。」というのである。
「なるほど、そうですな。」と天海は頷いた。
こうして二人は、並んで河原の方へ歩いて行ったのであった。
