大僧正天海 (268)
「四郎を巻き込んだのは済まなかった。」と伝兵衛は言うが、今更の話である。
「事ここに至れば、致し方ない。それより、いかにしてこの局面を打開するかだ。」と甚兵衛は答える。二人は天草・島原を席巻し、長崎を落し、北九州を制して、山陽道を進む構想を持っていた。
甚兵衛は宗教的熱狂とは無縁の男であった。一揆勢が戦勝に浮かれている中、冷静に戦況分析していた。
「本来であれば、幕府に不満を持つ、西国大名や牢人衆が決起してもよさそうなものであるが…。」と伝兵衛は言うが、
「いや、オレは長崎をまず落とすべきであったと思う。南蛮の力を借りねば、幕府に対抗できない。幕府にこの地域を天主教の国として認めさせたかった。」と口惜しそうに甚兵衛はいった。
援軍の来ない籠城戦はすでに死に体である。
「宗意軒によると、このままでは玉薬も食料もあとひと月余りだ、という。戦況が有利なうちに打開策を立てねばならない。」と二人は確信した。
その後、両軍はにらみ合いの日がしばらく続いた。
二度の総攻撃で多大な被害を出した鍋島軍は、二の丸前の沼沢を地道に埋め立て、仕寄を少しずつ前進させていた。
原城では甚兵衛が城内を回り、番頭に下知を出していた。
最後に惣奉行の宗意軒の陣所に現れたのである。
「惣奉行、兵糧はどうだ。」と尋ねると、
「今は一人一日四合を配給しているが、まともに配給できるのは正月までか。さらに厳しいのは薪だ。玉薬は前回の総攻撃で相当使った。しばらくは辛抱して、弓と投石を用いる他あるまい。」と宗意軒は答えた。
「何か策は講じているのか。」と重ねて問うと、宗意軒は頷き、
「蓮沼の辺りで海藻と魚を取らせている。それより、女子供だけでも城から逃がしてはどうか。命までは取らないのではないか。」といったが、
「それはダメだ。いまの幕府は信用成らない。」と即座に否定した。
「三の丸でも漁はできるであろう。」と甚兵衛はいうが、
「あそこは細川から狙撃を受けるので、無理だ。」と宗意軒は否定する。
「いまオレたちは打開策を考えている。お前も何とか手立てを尽くしてくれ。」というと、甚兵衛は本丸へ戻っていった。
甚兵衛の気持ちは分からないでもない。しかしこのまま女子供を抱えたままの籠城は長くは続けられない、それが現実なのだ。
「城中より重ねて申し上げ候。
まことに今度の島原天草両所の儀、お取りかかり候につき、防ぎ申したる分に候。国郡など望み申す儀、すこしも御座なく候。宗門お構い御座なく候はば、存念これなく候。
かようの企て、凡夫の事とて、まかり成るべき事には御座なく候。ともかく、われわれ御踏みつぶして候てのち、御合点なさるべく候。
上使御中 天草四郎」(「綿考輯録」)
「城中より重ねて申し上げます。この度の島原・天草両所での蜂起は、苛政のために防戦したまでであり、国や郡を乗っ取る野心は微塵もありません。ただ、宗門信仰をお許しいただけるなら、他に望むことは何もございません。
このような企ては、凡夫の力で成し遂げられるものではありません。我々を皆殺しにした後に、そのことを納得されるのがよろしいでしょう。
幕府上使の皆様へ 天草四郎」
