明智秀満 (108)

 

 

 

 忠勝が、河内国枚方あたりまで来ると、はるか京都方面から馬で駆けて来る男がいた。

 「ありゃ誰だ。」と忠勝は高台に上った。男は扇を振るってこちらに合図を送っている。やがて顔が見えるところまでやってくると、

 「なんだ、四郎次郎ではないか。」と叫んだ。

 茶屋四郎次郎は京都の呉服屋であるが、鉄砲の購入から旅の手配まで、ありとあらゆることを商った徳川の御用商人である。家康とは昵懇であり、上方の情報は彼が握っていたので、間者の元締めともいえる。

 

 「お主は目がいいなぁ。」と忠勝が言うと、

 「何を暢気なことを、京に行ってはなりません。大変なことが起きています。すぐに少将様にお伝えしなければ…。」と四郎次郎は言う。

 忠勝はすぐに「大変なこと」を、この目で見たいという衝動にかられたが、家康から釘を刺されたことを思い出し、仕方なく堺に戻ることにした。

 「何があった。」と忠勝が問うと、

 「惟任様、御謀叛にございます。」と声を潜めて言う、

 「あぁ、何だって?謀叛?誰が?」

 「声が大きいです。惟任様でございます。」

 「えぇ。」、と忠勝は馬上、口を開けたまま、暫し呆然とした。

 

 家康一行は朝一番で長谷川秀一の訪問を受けた。

 「朝食のご準備が出来ました。すでに梅雪様は会場におります。朝食を頂きましたら、本日は京都に向かいます。」と言う。

 睡眠不足の家康らは顔を見合わせ、「こいつは何も知らぬようだ。」と推測した。

 「おや、本多様がお見受けしませんが…。」というので、

 「うむ、平八は所用があって先に出た。」と告げた。

 

 家康一行は梅雪、秀一らとのんびり京都に向かっていた。飯盛山の麓まで来ると、血相を変えた忠勝四郎次郎がやって来たのである。

 忠勝はすぐに近くの古寺を押さえると、人を排除し、家康・忠次・数正・康政と密談を始めた。

 

 「それは誠か。間違いないか。」と忠次が言うと、忠勝は頷いた。

 驚きの余り一同は黙りこくった。

 「それで、上様は亡くなられたか、生き残っていることはないか。」と冷静に家康は尋ねた。

 「四郎次郎が申すには本能寺は万余の明智勢に包囲され、あれではとても助かるまいとの事です。」と忠勝は見てきたかのように言う。

 「何分あの明智でございますから、万に一つの手抜かりもありますまい。」と数正も同意した。

 「しかし、まだ争いの最中だ、万万が一、生き残ったらどうする。」と家康は更に問う。

 「この場合、要するに織田様から派遣されている長谷川殿を騙せば良いのでしょう。徳川は天下の忠義ものであるという事で、一芝居うちますか。」と忠次は言った。