明智秀満 (105)

 

 

 

 京都所司代・村井貞勝は出家していて、春長軒と号していた。本能寺の変のおり、貞勝は自宅にいて異変を知った。

 「父上、既に本能寺明智の軍勢に包囲され、近づくこともできません。」と貞成は言う。

 「これはいかん、裏口から出て、妙覚寺三位中将様にお助け願おう。」と貞勝、貞成、清次の三人は妙覚寺に向かったのである。しかし敵は思いのほか大軍で、事態は深刻であった。

 明智軍は信長とその家臣以外は無闇に傷つけることはなく、僧侶姿の貞勝と平服の二人は怪しまれず、妙覚寺に辿り着いた。妙覚寺は包囲が遅れているのか、まだ明智兵が所々に散在するばかりであった。

 

 妙覚寺に入ると、既に臨戦態勢となっていて、信忠佩楯を付け、後は鎧を着るばかりである。

 「既に本能寺は万余の兵に囲まれ、救援は不可能でございます。」と貞勝が言うと、

 「このまま、上様を見捨てろというか。」と信忠は顔を赤くして怒鳴った。

 貞勝は冷静に「はい、ここはお逃げになるべきです。」と断じた。

 信忠は貞勝を凝視すると、「それはできない。死んでもそれはできない。」と言った。信忠は御台所・帰蝶に嫡男として厳しく育てられた。信長を神の如く崇め、彼の期待に応えるために生きてきた。もし、信長が生き延び、自分が逃げたと知られたら、もはや生きてはいけない。どうせ死ぬなら、ここで戦って死ぬべきだ。それが信忠という男である。

 

 老練な政治家である貞勝は説得が難しいと判断した。

 「ならば、ここは危険です。既に明智の包囲が始まっておりますので、隣の二条御所に移りましょう。そこで一日持ち堪えれば、援軍が来るかもしれません。」と助言した。

 「分かった。」

 信忠は決断すると直ちに妙覚寺を離れた。二条御所に着くと誠仁親王らを内裏に移し、ここに籠ったのである。

 

 激しく燃え上がる本能寺を前に秀満は慌てていた。

 「信長の首級が欲しい。捜させろ。何としても見つけろ。」と馬上で母衣衆に命じた。そこに利三が駆け寄る。

 「信長が燃え盛る殿中に入っていくのを見た。あれは助からん、しかし、あの火勢では首級も取れぬやも知れぬ。」と言った。

 「焼けててもいい。兎も角死んだという物証がいる。済まぬ、内蔵助、後は頼む。妙覚寺が手間取っているようなので応援に行く。」

 「相分かった。捜索は続けるから行って来い。後でオレも行く。」というと内蔵助は踵を返した。

 

 秀満が妙覚寺に着くと、戦闘は二条御所に移っていた。

 「庄兵衛、どうなっている。」

 「済まぬ、物見が道を誤って包囲が遅れた。その間に信忠は二条御所に移ってしまった。」と庄兵衛が言う。

 「お前がいて何をしている。次右衛門はどうした。」と問うと、

 「御所の正門で戦っている。」と言った。

 「いかん、これでは完全に攻城戦になる。何人ほどいる。」

 「千はいない。数百かと思う。」と庄兵衛は苦しそうに答えた。

 

 秀満は周囲を見渡した。御所の隣にひと際、立派な建物がある。

 「あれは。」と尋ねると、

 「前の太政大臣。近衛様の御殿だ。」と庄兵衛が言うと、

 「ふむ、そいつは好都合だ。」と秀満はほくそ笑んだ。

 

妙覚寺