明智秀満 (99)
「信長公記」
『信長公 御上洛の事
五月廿九日、信長公御上洛。安土本城御留守衆、津田源十郎、賀藤兵庫頭、野々村又右衛門、遠山新九郎、世木彌左衛門、市橋源八、櫛田忠兵衛。二丸御番衆、蒲生右兵衛大輔、木村次郎左衛門、雲林院出羽守、鳴海助右衛門、祖父江五郎右衛門、佐久間與六郎、簑浦次郎右衛門、福田三川守、千福遠江守、松本為足、丸毛兵庫頭、鵜飼、前波彌五郎、山岡対馬守。これらを仰せ付けられ、御小姓衆二、卅人召し列れられ、御上洛。直ちに中国へ御発向なさるべきの間、御陣用意仕り侯て、御一左右次第、罷り立つべきの旨、御触れにて、今度は御伴これ無し。さるほどに、不慮の題目出来侯て、』
「庄兵衛、庄兵衛はいるか。」と秀満は探し回る。
「おお、弥平次か、どうした。」と庄兵衛が現れると奥の間に引き摺り込んだ。
「お前、何か知っているだろう。何が起きている、話せ。」と秀満は言う。
「と、殿からは何も聞いておらぬ、だが…。」と庄兵衛は言い淀んだ。
「だが、何だ。」
「殿は三河守の監視をやめた。三河守の周りには伊賀者がいる。3千もの部隊が進軍すれば、街道に潜む伊賀者に通報されるだろう。通報されれば逃げられる。だから動向を常に監視していなければ、奇襲は失敗する。」と庄兵衛は早口で言った。
「どういう事だ。」と秀満は戸惑う。
「三河守の暗殺は中止になった。止めたんだ。上様が止めるはずがないから、恐らく殿が勝手に止めたのだ。」と庄兵衛が言う。
秀満は混乱する。主命に背く、そんなことが許されるのか。
「明日にも上様は上洛する。信忠様も京にいる。」というと庄兵衛は俯いた。
「これから先は恐ろしくてオレには言えぬ、自分で考えろ。」と言った。
「まさか。」
秀満は身震いした。
「あり得ぬ。」
全身から汗が噴き出る。
「あまりに無謀だ。成算はあるのか。」と秀満はしばし考えた。
なるほど成算はなくはない。謀叛から10日で3万人集められれば、簡単には潰れないし、諸将の個別撃破も可能だ。しかし、それは余りにも細く危険な道である。もし少しでも計算が違えば一族は奈落の底だ。およそ光秀らしくない危険な賭けである。
「それにしても、謀叛を思うまでに殿は追い詰められていたのだろうか。そうは思えんが…。お二人の間に何か、行き違いがあったのではないか。以前であれば、おツマキ殿がお二人の齟齬を補完していた。あの方がいなくなってからお二人の距離がどんどん離れていった。もはや修復できないところまで来てしまったという訳か。」と秀満は思った。
お停めすべきであろうか、いや、もはや手遅れであろうか、と秀満は逡巡した。
明智左馬助
