明智秀満 (88)
「しっ、しかしながら、南蛮諸国には帝のような、尊いお方は存在せぬと存じます。」と光秀は必死に反論するが、
「いや、宗教を司る皇帝がいるという。世俗の王とは切り離されているのだ。そもそも、十兵衛、千年も前の律令を有難がっているのは、今では、わが国だけだ。唐も朝鮮も既に失われているのだ。帝は宗教の皇帝として君臨いただくとしても、やれ大臣だの、関白だの、大納言だの、そんなものに何の意味がある。オレは以前、義昭公を頂き幕府を再興した。しかし、いつの間にか有象無象の輩が周囲に湧き出て、旧弊に従った政治をしようとする。それが失敗したから、この乱世があることを理解できないのだ。そして結果的に幕府は潰れた。
今、帝の周りにも有象無象の公家がいて、オレを旧弊の秩序に収めようと必死になっている。このままでは朝廷も潰れるぞ。」と信長は言うのだ。
安土城を下城する光秀を長秀が見送る。
「御心配の事とは思うが、しばらく直言はお控えなされ。上様の場合、却って逆の効果となります。」と長秀が言うと、
「帝の件も賛同しかねますが、南蛮に対抗して海外に出兵するなどとは、某の頭では理解できませぬ。まずは天下一統でございましょう。この様な突飛なお話、上様はどうなされたのか、と思います。」と光秀が言う。
「まぁ、まぁ。」と長秀は肩を叩くと、「いささか気が高ぶっておいでだ。まずは三河守の件、今は三人しか知らぬ重大事項だ。これを実行するだけでも大変なことだ。」と小さな声で言った。
確かに百官を廃し、帝を囲い込めば、思うがままに勅命を発することが出来る。しかし、そこに何の権威があるか。織田家の一機関に貶めるだけであろう。
「信長公記」
『家康公、穴山梅雪 御上洛の事
信長公、当春、東国へ御動座なされ、武田四郎勝頼、同太郎信勝、武田典厩、一類歴々討ち果し、御本意達せられ、駿河、遠江両国、家康公へ進めらる。その御礼として、徳川家康公、ならびに、穴山梅雪、今度、上国侯。一廉御馳走あるべきの由侯て、まず、皆道を作られ、所々御泊々に、国持ち、郡持ち大名衆罷り出で候て、及ぶ程、結構仕り侯て、御振舞仕り侯へと、仰せ出だされ侯ひしなり。』
家康は「お礼」のため、安土城に上ることになった。
家康に同行したのは酒井忠次、石川数正、本多忠勝、井伊直政、榊原康政、本多正盛、石川康通、服部正成、高木広正、大久保忠隣、菅沼定政、久野宗朝、本多信俊、阿部正勝、牧野康成、三宅正次、高力清長、大久保忠佐、渡辺守綱、森川氏俊、酒井重勝、多田三吉、花井吉高、内藤新五郎、都筑亀蔵、松平玄成、菅沼定利、永井直勝、永田瀬兵衛、松下光綱、都筑長三郎、青木長三郎である。
同行しなかった重臣は、大久保忠世、鳥居元忠、平岩親吉、石川家成、本多正信くらいであろうか。お礼に来させるのもいいし、御馳走するのもいいが、果たして、これほどの数の重臣を安土城に呼び寄せる必要があったのであろうか。
安土城址
