明智秀満 (81)

 

 

 

 御座所において信長、光秀、忠興、順慶の密談が続いている。

 「尾張方面から3万で岡崎を囲めば、徳川は後詰を送らざるを得ません。主力を西に誘導した上で信濃方面から遠江甲斐方面から駿河に入れば防ぎようがないでしょう。」と忠興が言う。

 「大筋はそれでよいと存じますが、個々に見ると難しい面があります。武田家は何度も北から侵攻しておりますが、徳川家はいずれも凌いでいます。上様が短期間で決着をお望みなら、もう一工夫が必要でしょう。」と順慶は慎重な意見である。

 「岡崎城は堅城であり、大軍で囲っても簡単には落ちず、有岡城のように数年かかるかも知れません。長くなれば新たな甲斐・信濃の占領地で大規模な一揆が起きるでしょう。」と光秀が言った。

 「一揆か?」と信長が尋ねる。

 「はい、家康は旧武田家臣を大勢匿っております。恐らく甲斐・信濃に潜伏させ、いざとなれば一斉に蜂起させるでしょう。そうなると甲斐・信濃の新しい領主では抑えきれません。徳川領に侵攻するどころか、恨みを持つ旧武田家臣により織田家が駆逐される可能性があります。」と光秀は言う。

 「さらに北条家もあてになりません。恐らく北条は織田より徳川を選ぶでしょう。左近様が信濃に支援に入れば、北条がその隙に厩橋を攻撃するかもしれません。少なくとも甲信の支配が安定し、上杉を滅ぼしてからでなければ、徳川には手が出せません。」と光秀は言う。

 

 信長は渋面を作る。

 「時がないのだ。知っての通り、オレはこのところ健康に不安を感じている。オレは人生を本当に50年と思い、それ以降は信忠に天下を譲ろうと考えているのだ。上杉や毛利相手なら信忠でも間違いなく勝てる。しかし、どう考えても徳川には勝てない。あの男はただ者ではない。何としてもオレの目が黒いうちに片づけたいのだ。十兵衛、何か考えろ。家康を驚かすような知略を考えろ。」と信長は言った。

 

 夜も遅く光秀は宿舎に戻ると、秀満、伝五、庄兵衛が心配そうに待っていた。

 「そう、心配するな。」と光秀は笑うと、部屋に入った。

 「今日は、短期決着は難しいと意見したが、何とかせえ、というのが上様の御意向だ。」と光秀は言う。

 「私共も三人で話しましたが、徳川は容易ではありません。士分から農民まで結束が強く、武田とは比較にもなりません。」と庄兵衛が言う。

 「はい、それに間者と思われるものも、隈なく配置され、異変があればすぐに気付く体制がとられています。それに徳川に匿われている武田の家臣も復讐の機会を狙っているでしょうから、徳川の支援があれば相当な規模の一揆を起こせます。」と伝五も言う。

 「最も恐ろしいのは家臣団です。酒井、石川、本多、榊原、大久保、鳥居、何れも古くからの家臣で忠誠心が強く、主君のためなら命を惜しまぬという、容易ならざる相手です。」と秀満も言う。

 

 百戦錬磨の戦闘集団か、と光秀は考える。確かに信忠では「同盟者」である徳川を討てまい。正面から戦っても簡単には勝てない相手なら、従属国として断り切れない無理難題を迫り、卑劣な手段で切り崩す以外あるまい、と光秀は考えるにいたった。

 

 

 細川忠興