僕等人間は、無意識にやっていることがいくらでもある。

呼吸、食事中の舌の動き、瞬き、歩く時の筋肉の動き

などのような、『その気になれば意識できるけど、普段無意識でやっている』

ことのリストを作ればとてつもない長さのリストが出来上がることだろう。

そして、これらの行為にはひとつ特徴があって、

一度意識しだすと上手く出来なくなる。

そう、喋るときに舌の動きを意識すれば舌を噛んでしまうし、

眠るとときに眼球の位置を気にし始めると、どうしていたか分からなくなって眠れなくなる。

日常の行動のやり方を忘れてしまったかのように、酷くぎこちなくなる。

これを読んでいるあなたも呼吸が気になったり、

舌の位置が気になったりしてきたのではないだろうか。

さて、悪意ある一文を挟んだところで、

もし仮にリストを作ったとして、それを全部読まされてしまえば、

あらゆる行動がぎこちなくなってそのうちに死んでしまうのではないかと睨んでいる。

極論に聞こえるだろうが、ストレス性の死因ならありえるんじゃなかろうか。



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何も知らないくせに、

何も知らないくせに隣人の悪口を言って

何も知らないくせに政治の批判をして

何も知らないくせに犯罪者のことを嫌悪して

何も知らないくせにあの人の陰口を言って

何も知らないくせに泣いてる人を馬鹿にして

何も知らないくせに同情して

何も知らないくせに被害者ぶって

何もしらないくせにこんな偉そうな記事を書く

きっと全部知ってしまったら誰にも怒れなくなるだろう。


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続けて記事更新。

実験的企画。道で見かけた鉢植えひとつでのみ記事を書く。




歴史ある建物と、単に古びて閑散とした雰囲気の入り混じる滋賀の旧東海道。

この間、その途中でとても気持ちの悪い鉢植えを見た。

その日は図書館に行こうとして、雨上がりの湿った地面の上で自転車を漕いでいた。

信号待ちをしていた時、手持ち無沙汰になってふと斜め後ろに目をやった。

そこには何かの店があって、出窓だったか、ショーウインドウだったか、

建物に取り付けられた煤けたガラスの向こう、そこにあの鉢植えはあった。

僕は一瞬、信号待ちの最中であることを忘れてしまった。

その鉢植えの、マイナスの方向に働く圧倒的な存在感に見とれてしまったのだ。

小さな、平凡な器の鉢植えだった。

もしかすると、別の機会に見ていたら記憶に残らなかったかもしれない。

その日が雨上がりで湿った空気だったからなのか、

図書館での勉強に気が進まなかったからか、

その日の空気がいつもより冷たかったせいなのかは分からない。

しかし、その鉢植えの放つグロテスクな気配は僕の気持ちに絡みついた。

泥から掘り出したばかりの蓮根の根を思わせる、節のある太い茎を持つ鉢植えだった。

しかしその茎の色は蓮根の根のような無骨な白色ではなく、

人工的に思えるほど鮮やかすぎる、エメラルドグリーンだった。

僕はあんなにも気味の悪いエメラルドグリーンは見たことが無い。

太い太い茎が、まるで虫の目玉のような生物的な透明感で、人工的な緑色を発していた。

まるで鮮やかな色の薄い皮膚のような表面。

刃物で傷をつけてみれば赤黒い血が奥から滲んできそうな茎だった。

そこから、対極的な鈍い色をした分厚い葉が生え出ている。

このような、植物のふりをした生物のような姿をしていた。

哺乳類とも、昆虫ともつかない、宇宙生物的な生々しさを持っていたのだ。

その生物の上に、埃が積もっていた。

今にも自在に動き出しそうな外観と、そこに積もった埃。

その奇妙な矛盾も僕に違和感を与えた。

僕は大げさにその植物から目を離して信号に目線を移すしかなかった。


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