大きなカレンダーを買った。
これが必要なわけじゃない。
モバイルでスケジュールは管理できるし、マネジャーがいれば仕事のスケジュールだって余程の事がない限り間違えるはずがない。
でも、目に見えるものがなんとなくいい気がした。
一枚捲って、赤いペンで丸をつける。
ただそれだけのことなんだけれど。
なんとなくワクワクするような高揚感。
「うわー。俺すっごいダサい事してるわ」
そう独り言を呟きながら、キュヒョンはカレンダーを指で弾いた。
「お帰りー」
「…何やってるの?」
勝手知ったる何とかでシウォンの部屋にあがりこんでいたキュヒョンがソファーの上に転がっている。
「シウォナに会いに来た」
それはまた珍しい発言だとシウォンは笑う。
「何かあった?」
もちろん何事がなくてもキュヒョンが彼の部屋を訪ねてくる事は茶飯事だけれど。
「…本気で言ってる?」
心底驚いたような顔をするキュヒョンにシウォンは首を傾げた。
約束でもしていただろうか。
しかしどうしても思い出せない。
「…悪い。何か約束してたっけ?」
はぁぁっと大袈裟な溜息を吐いてキュヒョンはシウォンの腕を引っ張った。
「約束はしてないけどさ。普通こういう日はお祝いするでしょ」
こういう日。
2月9日。
「…まさかとは思うけど。誕生日なら明日だぞ」
「そのまさか。だって明日だったら誰かに先に越されんじゃん。だから一番に言う為に来たんだよ」
大体9日だって、後少しで終了するのだ。
10日は誕生日。
冷蔵庫を開けて出してきた冷えた缶ビールをシウォンに手渡す。
「ビールに合わないんだけど。まぁいいかー」
テーブルの真ん中に置かれた小さな箱。
「何?これ」
悪戯っぽく笑ったキュヒョンはプルトップを開けて、ビールを一口飲むと白い箱を開ける。
中には小さなショートケーキ。
「誕生日には付き物でしょ」
「おい。まさか、それ全部立てる気か?」
「意地と根性で立てる」
キュヒョンの言葉を聞いてシウォンは少しだけ笑う。
ケーキと一緒に入っていたのは直径が2ミリ程の細いキャンドル。
カラフルなキャンドルはご丁寧に歳の数。
このキャンドルをこの小さなショートケーキに立てるのは至難の業だ。
それでも神妙な顔で一生懸命にキュヒョンがケーキにキャンドルを刺していく様はとても可愛いものだった。
「もー。シウォナおっさんだな」
「1つしか違わないだろ」
「…ちょっとだけ同じ歳だったね…」
「そうだよ」
あっさりと肯定したシウォンに苦笑いする。
からかいがいの無い人だなと呟いて。
ほら。後一分で日にちが変わる。
「火点けるよー」
全てに火を点けると蝋燭が点るというような厳かな感じでは全く無い。
それこそ正しく燃えているという表現がぴったりだ。
キュヒョンはゲラゲラと笑いながらケーキを指差す。
「キュヒョナ…これはいくらなんでも酷くないか?」
「いいから早く消して、シウォナ!」
火はシウォンの溜息で吹き消された。
「はー。笑いすぎて疲れた…おめでとー」
まだゼイゼイいいながら涙を拭うキュヒョンに呆れたような視線を向ける。
「もっと大きなケーキにすればよかったんだ」
「シウォナと俺で食べられるならそうしたけど」
至極最もな意見にシウォンも反論できない。
「大体。明日なら多分ケーキも大きいよ?」
「明日?」
「あ。今日!だってメンバーがこんな祭り事ほっとくわけないじゃん」
そういえば他のメンバーの誕生日も大騒ぎしていたか。
「リョウガやドンへヒョンはケーキの争奪戦に入るだろー?」
それもそうだとシウォンは頷く。
「ソンミニヒョンとかも好きそーだし。ヒョクヒョンも意外と甘いもの好きだよね」
キャンドルをせっせと抜いて穴だらけになったショートケーキをしばし眺めて唸ったキュヒョンは取り合えず端をフォークで崩して掬い上げる。
「シウォナ…あんまこういうの好きじゃなかったっけ?」
苦手ではないが、小さなケーキを二人で食べても味わう余裕すらなさそうな気がする。
「お前が食えばいいよ」
キュヒョンは口に運んで複雑な表情を作る。
「うーん味はそこそこなんだけど…見た目がなぁ。っつーかシウォナが喰わなきゃ意味ないじゃん」
言いつつも二口目を口に運ぶキュヒョンにシウォンは小さく笑うと、その顎を掴まえる。
そして口の端に付いていた生クリームの残骸を舐め取って、キュヒョンの口内に残った甘さを堪能した。
「俺はこれで充分だし」
離れると、とろりと蕩けた瞳で動きを追われる。
「シウォナって…」
「ん?」
「キス上手いよねぇ」
吐息のような溜息を吐いてケーキを見つめたキュヒョンはそのまま箱にそれを戻した。
もったいないとは思うけれどゴミになってもらうしかない。
「やっぱり、見た目の華やかさも大事?」
「素材が一番だけど、見た目に惹かれるタイプだから、俺」
ニヤリと笑うキュヒョンに肩を竦めてみせた。
自他共に面食いだと言っているだけはある発言だ。
なぜ自分なのかと問われたらキュヒョンはなんて答えるのだろう。
問えないのは自分も同じ質問をされて答える自信がないからだ。
理屈なんて通用しない気持ちの問題。
「まぁ。来年は大丈夫だって!だって蝋燭太いのだけにしちゃえば少ないしー?」
「…それは何気に嫌味なのか?」
「男は30歳からだよ。シウォナ」
笑ってキスを贈られる。
「取り合えずプレゼントって事で」
「ありがたくいただいておく」
「どーぞ」
誕生日を祝ってもらうのは嬉しい。
しかもすでに来年の約束までされてしまった。
キュヒョンがそれに気付いているかは分からないけれど。
来年は自分の誕生日にカレンダーに赤いペンで印でも入れておこうかとシウォンは思う。
まずは2月3日に丸をつけてから。