「困ったな…」
シウォンはリビングを見渡して小さく笑った。
少しづつキュヒョンの色に浸食されていくリビングは、自分の心を反映してるようだ。
何度か飲みに行った時に彼が生活しているスペースについて聞いたことから始まる。
1Fは展示スペースと受付。
2Fはオフィスと社長室
3Fは会議室と物置。
その上の階に住居スペースを設けている。
元々オフィスビルでしかないその場所には簡易キッチンとシャワー室は備えられているらしい。
「料理は作ることないからいいけど、やっぱりたまにはゆっくり風呂には入りたいよね」
笑ったキュヒョンにシウォンは、だったらその時は自分の家に来ればいいと提案した。
最初はシウォンがオフの前日に飲みがてら来ていたが、そのうち「今日行ってもいい?」とシフトに関係なく連絡が来るようになった。
そうなるとシウォンは「好きな時に来ればいいよ」と合鍵をキュヒョンに渡したのだ。
誰が来るという訳でもないし困るようなことは全くない。
寧ろキュヒョンが「お帰り」とシウォンを笑って迎えてくれることが幸せだった。
今では週に1回はここに来ている。
背中からキュヒョンの声。
「何が困ったんだよ」
「困ってないことに、困ってる」
その返事に難しい顔をして。
「さっぱり意味が分からないんだけど」
と、文句を言われた。
「早く中に入って、寒い」
背中を押されてシウォンはリビングに入る。
キュヒョンの手にはワインの入った袋とデりで買ってきた惣菜。
今日も今日とてキュヒョンはここで飲む気満々の体制でやってきた。
もちろん明日シウォンが休みというタイミングは外さずに。
まさか、ここにワインを運んできた赤ずきんを虎視眈々と狙っている臆病なオオカミが居るとは思ってもいないだろう。
テーブルに並べたワインの瓶が空いていくのと、キュヒョンがご機嫌になるのは比例している。
「別にいいけど…今日ペース早くないか?」
いつもより体内に取り込むワインのペースが早い気がしてシウォンが問うと、少し目を蕩けさせたキュヒョンが唸る。
「うぅ…。そうかなぁ。ちょっと色々考える事続いたから煮詰まっちゃってるせいかなぁ」
「仕事?」
「うん。…なんかねぇ。もうそろそろPROMISE YOUのデザインをミノに任せてもいいかなぁって思うようになってる。今でも半分くらいはミノのデザインになってきてるし。でも自分のを立ち上げるにはまだちょっと自信がないんだ。だけどね。今やりたいの。デザインが溢れてくるんだぁ。どう考えたってPROMISE YOU のデザインじゃないんだよー」
ふにゃりとテーブルに額を預けたキュヒョンの髪に手を伸ばしてくしゃくしゃと混ぜたシウォンはふっと笑った。
「少なくともここにファンはいるけどね」
「んふふ。ありがとう」
「…酔ってるなぁ」
「酔ってなーい」
この、酔っぱらい。
シウォンは苦笑いして、キュヒョンの横に移動する。
「じゃ、立ってみて」
「…てすと?」
「だなー。無理だったら今日はもう終わり」
「えぇー…。もぉ、めんどくさいなぁ」
テーブルに手をついて、立ち上がったキュヒョンはフラリと足を取られる。
シウォンが当然のように支えると、キュヒョンが顔を向けた。
「あ…」
カーディナルローズの時も同じようにキュヒョンの身体を支えて、息の掛かる距離で顔をみた。
綺麗な顔をしていると思ったのはもう半年も前だ。
あの時と同じ距離。
でもあの時とは確実に違う距離。
息を止めたのはキュヒョンで。
唇に触れたのもキュヒョンで。
次に呼吸を忘れたのはシウォンで。
総ての時間を止めてしまったのもシウォンだ。
肩を押して身体を離したキュヒョンが俯いたままで
「ごめ、ん…。テスト、失格だぁ…帰るよ」
「帰るって…」
その状態で帰る気か。
いや、そういうことじゃなくて。
離れたキュヒョンに腕を伸ばそうとしたところで、言葉で制される。
「触らないで。頼むから」
泣き出しそうな顔で言われてしまえばシウォンはもう動くことさえ出来なくなった。
キュヒョンが部屋を出でドアの閉まる音がするまで。
その音が合図だったかのようにシウォンはドサリとソファーに沈み込む。
右手の中指と親指で両のこめかみを抑え、盛大な溜息を吐き出した。
今のは何だったんだ?
キュヒョンとキスした。
それは酔ったせいのはずで、一瞬で酔いの醒めたキュヒョンが謝ったのはその行為そのものに意味がなかったからなのだろうか。
そうでなければ伸ばそうとした手を拒否された理由が分からない。
それなら。
それなら、もうシウォンの言葉は相手にはどうしたって届かないのではないのか。
言葉だけなら、まだいい。
存在自体を否定されたら、多分今の自分は軽く廃人になれる自信がある。
あまりにありがたくない自信だけれど。
シウォンは近くに置いてあるスマートフォンに手を伸ばす。
キュヒョンの名前を呼び出してコールする。
何度コールしても出てくれる気配はない。
メールも送ってみる。
いくら送ったところで返信がない。
もう泣きそうだ。
いっそ本気で泣いてやろうか。
そう考えて自分に苦笑いしたシウォンは別の名前にコールした。
「…はい。…お前さぁ、今何時だと…」
「なぁ…俺はどうしたらいい?」
「…また、それかよ。あー…ちょっと待って」
場所を移動する気配が窺えて謝ると、ドンヘは呆れたように笑った。
「もう今更だ。で。どうした?」
事の次第を説明して、自分が落ちている理由を話すと、電話の相手は面白そうに笑う。
「笑い事じゃない」
「悪い。でも、なんていうか…お前らって…」
「何?」
「うん…まぁ、いいや。とにかく。今は寝ろ。ちょっと落ち着いたらもうちょっとはまともな考えも浮かぶだろ。お前も、キュヒョナも」
「まともじゃないって?」
「こんな時間に電話してきるのがまともだとでも?」
「…ごめん」
「うん。だから寝ろ。眠れないかも知れないけど」
「…分かった。おやすみ」
「おう」
手の中の機械をソファーに落とし、再び目を閉じて沈む。
電話する前よりは気持ちは落ち着いた気がするけれど、さすがに眠るのは無理そうだ。
「キュヒョナ…どうしたらいいんだろう?」
答えは彼が持っているのに。
答えは自分も持っているのに。
答え合わせは二人にしかできないのに。
彼は今、どこで何を考えているんだろう。
ただ分かった答えは、どんな風に思われても自分がキュヒョンを好きだという気持ちは少しも減りはしない事だけだ。
だったら…全部言うべきなんだ。