5番街の一角にある大きくはないビルの一つ。
その横にある駐車場に車を停める。
キュヒョンは車を降りるとシウォンを待ってそのビルの中に案内した。
大通りに面した一面がガラス張りになっている1階は数点の洋服が展示され、壁にはPROMISE YOU のロゴがデザインされている。
中央にゆったりとしたソファーが置かれ、エレベーターの横に受付カウンター。
キュヒョンはエレベーターで2階に上がる。
そこはオフィスになっておりスタッフのものらしいデスクが並んでいた。
「あれ?先生、今日は上がりじゃ…」
残っていたらしいスタッフの一人が、キュヒョンの後ろに居るシウォンに気づいて、会釈をすると。
「先生、どこのモデルさん?」
「残念ながらお医者さん」
「え…マジで?」
「丁度よかった。ミノもこっち来て」
ミノと呼ばれた青年は手に持っていた紙の束をデスクに置くと、オフィスの奥にある扉を開けてキュヒョンとシウォンを先に入れる。
大きな机の上に散乱しているカラーマーカーや資料をブルドーザー並みに押しやってそこに座ったキュヒョンがシウォンにニッコリ微笑んだ。
「で。シウォナ。ジャケット脱いで」
「あ。お持ちします」
同じくニッコリ笑ったミノが両手をシウォンに伸ばす。
一体、何がどうなっているんだか。
シウォンがジャケットを脱いでミノに渡すと、彼は部屋の端に置いてあるボティディスプレイにそれを掛けて、横のボディに着せてあったコートを持ってくる。
「はい、どうぞ」
どうぞ、と言われても…。
悩むシウォンにあたりまえのようにキュヒョンが言う。
「着て。頼みっていうのはそれ」
「着るだけ?」
「着るだけ」
一体、何を頼まれるのかと思っていたら、こんなことか。
シウォンはミノの手からコートを受け取るとそれを纏う。
デザインがどこかで見たことがあるような気がしてシウォンは自分の記憶の中から小さな引っ掛かりを引っ張り出した。
「これって…トンビ?」
「そう!和装で着る袖なしのケープの長いタイプはトンビって呼ぶんだってね?インバネスコートっていうんだけど」
丈が長くケープを合わせた独特のデザイン。
キュヒョンの横に立ったミノが感嘆の声を上げる。
「ボディに着せて見るのと全然違う。カッコイイな」
「だからちゃんと見せなきゃと思ったんだよ」
ウール素材でグレイの地に黒の千鳥格子。
キュヒョンは顎に手を当てて真剣そのものの表情でじっくりと眺めると、デスクから降りて手首にバンドの着いた針山を嵌めてシウォンの元に来る。
きゅっと肩の布を上げるとマチ針で数か所を止め、ウエストも背中から少し引いて止める。
「こんな感じかな」
「ああ。その方がラインが綺麗ですね」
元の位置に戻ったキュヒョンが再びシウォンに顔を向ける。
「シウォナ、着た感じ悪くない?」
「見た目ほど重くないし。いいと思う。これケープ外せるの?」
「うん。外せるように袖のあるタイプにした。外すとまた感じが変わるよ」
インバネスコートなんて確かに見かけることは無い。
ある意味斬新と言えば斬新だろう。
「いいよ。次こっちね」
先ほどと同じくミノがコートを持ってシウォンに手渡した。
今度は全く違うチェスターコートだ。
やはりウール地のブルーグリーン。
シウォンがそれに腕を通すと、キュヒョンが口角を上げる。
「…やっぱり」
「何がやっぱりなんですか、先生」
ミノが首を傾げると、キュヒョンは楽しそうに笑った。
「ミノ。チェスターのブルーに決定」
「えぇっ!?インバネスは!?あっちもよかったじゃないですか、それにこの色じゃなくてブルーって」
「…ミノ」
「あー…。はい。こっちに口は出さないんでした」
「分かってればよろしい」
再び細かな手直しをしてキュヒョンはシウォンからコートを預かる。
「シウォナ時間ある?」
まだ時計の針は19時を回ったところだ。
「あるけど?」
「じゃあ、コーヒー奢るから30分程待ってて」
バタバタと隣の部屋に移動するキュヒョンの背中を見て溜息を吐くと、隣から同じように溜息が聞こえた。
「あ」
「ああ。すみません。多分1時間近くお待たせすると思いますけど…。大丈夫ですか?」
苦笑いしながら尋ねられて、シウォンは笑って頷いた。
「時間は問題ないけどね」
「お客様にコーヒーでもお出しした方がいいと思うんですけど、先生、後でコーヒー奢るって言ってたしなぁ。近くのカフェのエスプレッソが美味しいんですよ」
とりあえずソファを勧められて、そこからミノはシウォンの話し相手になることに決めたらしい。