ドンヘから電話を受けたのは、キュヒョンが病院に来た様子もなく、シウォン自身も忙しい日々に追われ記憶も薄くなりかけた頃。
「シウォナ、今からメシ食いに行くんだけど、よかったら出てこいよ。ヒョクも一緒だし」
「ナイスタイミング。今終わったところだよ。しかもお誂え向きに明日はオフだ」
「なんだよ、付き合えってこと?」
普段はアルコールも控えるようにはしているけれど、元々嫌いなわけじゃない。
明日が休みで友人と一緒に食事をするとなれば、そこは解禁でも問題ないだろう…というより、たまには飲ませろと言うのが正直なところだ。
「シウォナに付き合ってたら途中で死ぬわ」
ドンヘももちろん飲むことは好きだが、強い方ではない。
それは彼のパートナーのヒョクチェに関しても同様だった。
「んー…。あ。じゃあお前に付き合えそうなやつ連れて行くよ」
悪戯を思いついた口調でドンヘがそう言って、何度か行ったたことのある店を指定して電話が切れた。
元々バーだったその店内は落ち着いた雰囲気を残しつつも料理好きのオーナーの意向で料理のメニューも充実していて申し分ない。
指定された時間まではまだ少し時間がある。
一度帰って着替える時間はありそうだ。
「シウォン。こっち」
先にこちらを見つけてくれたヒョクチェが手を振ると、背を向けていた一人が弾かれたように振り返った。
キュヒョンだ。
「ごめん。待たせたか?」
「いや、全然。俺達も今来たところだよ」
メニューを寄越しながらドンヘがそう言って笑う。
キュヒョンの横に腰を下ろすと、彼は胸元から顔に視線を滑らせて柔らかく微笑んだ。
「…こんばんは」
「こんばんは。その後問題ない?」
「おかげさまで…。あー、もう」
何事か唸るとキュヒョンは自分の顔を両手で覆い隠す。
「やっぱり、似合う」
「ん?…あ…」
着ていたカーディガンがPROMISE YOUのものだったと気付いてシウォンは「これ?」と自分の胸元を撫でると、キュヒョンはそのままカクカクと首を縦に振る。
「これ、凄く綺麗な色だよね。気に入ってるんだ」
隣から伸びてきた手がシウォンのグレイッシュブルーのカーディガンの腕の辺りをきゅっと摘まんだ。
「これ、ね。染色してウォッシュをかけたコットンでリブニットにしたんだよ」
「へぇ…」
そんな最初の段階からかかわっているのかと驚いていると、二人の会話を呆れたように聞いていたヒョクチェが「とりあえず何飲むかくらい決めろよ」とメニューを二人に押し付けてくる。
キュヒョンはワインが好きらしいので、それに合わせることにした。
適当に料理を頼んで、とりあえずの乾杯をする。
「で。この前キュヒョナの面倒みてくれたんだって?ありがとな」
ヒョクチェの口調からどう判断したものかと横を見ると、さりげなく人差し指を唇にあてる様子に事実は今だ隠されていると判断する。
「いや…たいしたことじゃないし」
「でも、キュヒョナああいう場所でそんなに酔うって珍しいよ」
「そうなの?」
そういえばドンヘが付き合えそうなやつを連れて行くとか言っていたか。
「あの日は前日の仕事が立て込んでて寝不足だったんだよ。ほんとに」
最後の言葉を強調して言ったのはシウォンに伝えるためなのだろう。
唇を尖らせて膨れるキュヒョンの髪をガシガシと混ぜて、ドンヘが片方の眉を上げた。
「本当に仕事?俺たちのせいじゃなかった?」
二人が着ていたタキシードはキュヒョンが仕立てたのを思い出す。
「仕事。あれは俺の愛情だから仕事に分類されない」
「なら、いいけど」
まだ納得して無さそうな顔をしているドンヘにシウォンは「お前、変なところで心配症だな」と笑った。
それぞれが全く違うジャンルの仕事をしているせいか話題は尽きない。
仕事先で出会う面白い人や、いけ好かない上司。
理不尽な出来事だったり、暖かい気持ちになる出来事。
そんな話で盛り上がって、気が付くと酒も随分と進んでいたようだ。
「あー、もう、ほんとキュヒョナ可愛い!」
そう言いながらヒョクチェがキュヒョンの頬にキスをするのを見てドンヘがグシグジと泣きながら叫ぶ。
「ヒョクは俺のだからな!聞いてるのか、キュヒョナ!!」
「はいはい、聞いてますよぉ」
「はい、は一回だ!」
「はーい」
大きく息を吐いたキュヒョンは隣のシウォンにこっそりと告げる。
「ヒョクは酔うとキス魔になるんだよ。気を付けてね」
「ドンヘは泣き出すぞ」
そして出来上がってるこの状況。
呆れるかと思えば、なんだか微笑ましいことになっている。
「俺は本当に幸せだ」と泣くドンヘを甘やかしてキスしまくってるヒョクチェ。
「羨ましい」
そう言ったシウォンにキュヒョンが反応する。
「二人が?まぁ、幸せそうだしねぇ」
「そう。二人が。だってキュヒョナって呼んでるじゃない。いいなぁ。羨ましい」
「…そこなの?」
「そこだよ」
「呼べばいいじゃないか」
「いいの?」
「もちろんいいよー。じゃあ俺は?俺はなんて呼べばいい?センセイ」
「…じゃあ、シウォナでいい」
「了解。シウォナ」
呼ばれ慣れた愛称がなんだか特別に感じて照れる。
どうしたもんだか、と自分の感情をご誤魔化すようにキュヒョンが口に運んでいる料理をおいしそうだと評価すると、なんの躊躇もなくキュヒョンがトマトで煮込まれた鶏肉を掬い上げたフォークをシウォンの口元に持ってくる。
「美味しいよ。はい」
…えーと。
これは、いわゆる「あーん、して?」状態だよな?
シウォンの戸惑う様子も気にすることなく、キュヒョンは小首を傾げて「ん?」と顔を覗き込んでくる。
口を開けるとキュヒョンは満足そうにそこに鶏肉を押し込んだ。
「餌付けかー?」
「餌付けだな」
前の二人が呆れたようにこぼす言葉にキュヒョンはにっこり微笑む。
「失礼だな。餌付けじゃなくて愛情だ」
「えー?じゃあ俺にも」
あーんと口を開けたドンヘにも同じようにフォークを持ってはいくものの、キュヒョンはそのまま自分の口に収めてしまった。
「なんだよ、それー」
「ドンヘヒョンにそこまでの愛情はないんだよね、俺」
「むーかーつーくー」
あははは、と楽しそうに笑って、今度はちゃんと一口ドンヘの口に料理を運ぶ。
そんな様子にシウォンは小さく笑った。
先ほどからキュヒョンの言動が可愛くて仕方がない。
グラスを持ち上げて唇に触れた紅い液体。
それに近い色が彼の頬にほんわりとのっていて、唐突に酔っているのだと気が付いた。
可愛い言動をとる彼も、それをいちいち可愛いと思う自分も。
全員が酔っ払いになっていて、でもそれが楽しくて、いい夜だなと思う。
「キュヒョナ」
「んー?」
「酔ってる?」
「気持ちよくはなってきてるよ。シウォナはまだ平気そう?」
「楽しくて仕方がない」
「それは…どう判断すればいいんだよ」
キュヒョンが笑う。
だから、楽しくて仕方がない。