あのスクランブルエッグを食べるまでは、死ねない。

あのスクランブルエッグを食べるまでは、死ねない。

街角で見つけた、珈琲の香りとパンケーキの
いい匂い…。
この空間に居ることが至福のひととき。
そんなひとときと、混じり合いスクランブルする
妄想の類をお送りするブログです。

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疲れた時。
癒されたいと思う時。
酒が飲みたいなとふと思った時。
おいしいコーヒーが飲みたい、と思った時。

いつ来てもずっとそのままであること。
変わらなくずっと在るということ。
そんなことを気付かせてくれるビアカフェが、新宿駅の片隅にあった。



立ち食いうどん屋しかないと思っていた一角に、そのカフェはひっそりと、しかし静かなる主張を持ってそこに存在していた。

昔から在る場所。

新宿には訳あってもう10年近くお世話になっている私だけども、ここはいつも通り過ぎていて全く気付かなかったのだ。

昼休み、どこか新しい店を開拓したい…そんな思いで放浪していた最中、ランチの看板が目に入ったのだ。

こんなところにカフェ……?
小汚そうなうどん屋か定食屋か何かしか無さそうなのにと思ったが、メニューは安いし美味しそうだったので勇気を出して突入。

一度扉を開ければ、そこは……

まるで昭和初期にタイムスリップしたかのような、あの感覚。
なんか違う、ここだけ何かオーラが違う。
自分の生まれていない時代なはずなのに、今ここで立派に私は過去を「体験」しているのだ。

黄味がかった電球、木造の壁。狭いカウンター。
最近流行のオシャレなカフェとは裏腹な、古びたアンティークな空間が私を吸い込んで飲み干して、私を「過去に存在していた人間」だったかのように演出してみせるのだ。

そんな力がこのカフェにはある。

一種のパワースポットとでも言うべきか。

いや、そんなんじゃない、何と言えばいいのだろう、
引き寄せられる何か。
人と人が吸い寄せられていく何か。


体験したことのない「懐かしさ」
人はそれを何て呼ぶのだろう。



——その店は私が気付くずっと前からそこにあった。
ひっそりと、ただし静かに主張していた。


毎日何万人も通りすがるこの街で、一体何人がこの店に気付くのだろう。

そして毎日何人が足を止めるのだろう。

そして、何人が「懐かしむ」のだろう。



自分が生まれていなかった時代のことを。