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ついに決定!5月2日!最後のメガファイト!

まず、ポール・マリナッジの主張をまとめてみます。


「ジョニー・タピアは才能あふれるボクサーだった。全盛期はJバンタム級115ポンド)でフェザー級(126ポンド)ではもはや世界レベルの実力は消え失せ、Jライト級(130ポンド)を超えて戦うことはなかった。誰もがその才能、実力を認めるタピアですら彼がウェルター級で戦うなんてことは馬鹿げている。バンタム以下でキャリアをスタートさせたボクサーがウェルター(147ポンド)で戦うなんてそんな不自然なことがあるか?」

 

マリナッジの主張を否定しているのがリング誌のダグ・フィッシャー記者。

「いつの時代もボクサーは同じ階級で戦い続けるのは稀で、階級を上げてきた。もちろん、スピードと反射神経を鈍らせずに階級を上げるボクサーは少ない。アームストロングやデュラン、ハーンズはそんな例外だが、彼らが現代で戦っていたら間違いなくドーピングを疑われただろう。


タピアは21歳でプロ転向、バンタム級(118ポンド)でデビュー、全盛期は115ポンドに落として戦った。最も動ける体重が115ポンド近辺だったことは間違いない。


一方のパッキャオはJフライ級(108ポンド)でプロデビューしたが、そのとき16歳。1718歳にかけてはバンタム級(118ポンド)近辺で戦うことが増え、フライ級で世界王者となったときも相当な減量苦が伝えられていた。


しかもその当時ですらパッキャオはまだ10代、少年時代の劣悪な栄養状態から解放され、体は大きくなる一方だった。文字通り肉を削るような減量はメッグンとの防衛戦を前に破綻、体重計の上でタイトルを失う。その減量がいかに過酷であったかはリング誌のバっクナンバーやスポーツイラストレイテッドの特集でも振り返ることが出来る。さらに2001年米国上陸を果たしてからもパッキャオの最大の敵は体重だった。専門の栄養士を付けずに、試合前1週間は絶食していた。


豪州のボクシング記者、フィオーナ・マニングはアガピト・サンチェスとの防衛線前11食、それもスープを小さな一皿だけというパッキャオの姿に衝撃を受けた。『貧しいアジアの軽量級選手の多くは正確な知識もなく、自殺的な減量と格闘する傾向がある』。サンチェス戦はメイウェザー対ヘスス・チャベスとダブルヘッダー興業だった。パッキャオは120ポンド1/2で計量をパスしたが、メイウェザーとチャベスが争う130ポンドでも十分戦えたはずだ。


パッキャオが異常なのはウェルター級で大活躍していることではない。本当に驚愕すべきは、フェザー級以下で戦っていたという事実にこそある。パッキャオもメイウェザーも20代初めは「大柄なフェザー級」だった。そこから二人の適正階級Jウェルター級に上げることは、至極自然。彼らがウェルター級で戦い、ときにはJミドル級まで進出するのはその例外的な才能ゆえ。パッキャオはマルガリート戦でも144ポンド1/2でリングに上がっている」。