いい事ばかりはありゃしない
昨日は白バイにとっつかまった
月光仮面がこないのと
あの子が電話かけてきた
金が欲しくて働いて 眠るだけ


男に生まれてよかったと思えるのは
忌野清志郎の歌を忌野清志郎と同じ音で歌えるからです.

日本人に生まれてよかったと思えるのは
村上春樹の小説をネイティブラングイッチで読めるからです.

人間に生まれてきてよかったと思えるのは
また明日も生きていたいと思っていると知ることができるからです.


リスペクト!清志郎!!
これしかないです.

ごはんですよ

のりの佃煮考えた人天才.
なんなんでしょうね,裏切られたとか言うやつ.

うら‐ぎ・る
【裏切る】[動ラ五(四)]
1 味方に背いて敵方につく。「同志を―・る」
2 約束・信義・期待などに反する。「信頼を―・る」「おおかたの予想を―・る」

約束破られたら裏切りでしょうか,期待などに反する行為をしたら裏切りでしょうか.まぁそうは言わないですよね.多分,その~,信頼の度合いが大きいときに上記のような行為をしたら「裏切り」になるんでしょうね.

若槻千夏がブログに裏切られたと書いていたので色々考えました.
http://ameblo.jp/wakatsuki/entry-10028130627.html
なんだかなぁ…信頼するのが悪いとは思いませんけどねぇ,利用されたと感じたと きってそんなに悲しいものでしょうか.多分,プライベートでも仲良くしてたつもりの人が,本当は仕事目的で,それが明らかになったってところなんでしょう けど,利用されるくらいビッグだったっていうことでオールオッケーじゃないかなぁ… 若槻千夏好きだったので色々考えるきっかけでした.

こんなこと平気で思っちゃう僕は多分利用されるほどビッグでなく,裏切られたこともないんでしょうね.他人に対してがっかりすることはよくありますけど,流石に裏切られたとまでは思ったことないですね.他人を信頼していないのかしら.


ところで,そのブログにはたくさんのコメントがついていました.さっき見たときで700のコメントが.みなさん思い思いのことを書いているわけで すが,この心理ってなんなんでしょうか.純粋にファンだから励ましたくて書いてるんでしょうか.それとも,そのへこんでる気持ちを「利用」して何か企んで るんでしょうか.そもそも,そんな私的なことをブログでオープンにしちゃう若槻さんはどういうつもりなんでしょうか.


裏があるのかしら.裏があるといいなぁ.裏があると,面白いなぁ…
今日も引越しの準備でした.もうなんか僕の3月は引越しの準備で終わってしまうのではないだろうかというくらいです.明日は一日学校に行ってのんびり勉強します.


タイミングのいいことにお米の備蓄が切れました.新しく2キロなり5キロなりのお米を買ってくるのもあれなので,今日の夜からはずっと外食です.

今日はさらっと濃いものが食べたかったので,マクドナルドに行ってきました.ファーストフードごときに大金を払うのは癪なので,「マスター,いつもの」と心の中で叫びながら「チーズバーガーコンビ」と唱えてきました.

店内には店員が少なく,しかも間の悪いことにプチラッシュでした.ドライブスルーに3台,店の中で注文済みの人が2人,未注文の人が2人,そして そこへ新規にまた2人入ってきました.しばらく待たされて,僕の注文の番になると,レジの後ろの方で「ウィィィン」という音がしてました.偉そうな店員が 気弱そうな店員に(両方男,あんなに男しかいないマックなんて許されていいんでしょうか)「も~江藤~,ポテト ノンタイマー」ってうなってました.イライラしてました.注文が終わった後もでっかい声で「チーズ終わったら○○作って」みたいな.客に丸聞こえですよ, みたいな.

なんか気分悪くなりましたね.

こう…ご飯を食べるときは心が穏やかでなくてはならないと思うんです.コンクリートジャングル東京の喧騒を忘れて,3大欲求のひとつを粛々と満た すわけです.心が救われる時間でなければならないはずなのに,それを提供する人がイライラしてたらよくないですよね.まぁ僕に商品を手渡すときは流石に愛 想よかったですけど.

ま,ファーストフードとはいえ,飲食店は戦場だなと改めて思いました.


ホリエモンにはノータッチ.匿名ブログの方で触れています.
先週の金曜日の夜に放送された「中村勘三郎襲名記念公演」に密着したテレビ番組を録画していたものを今日見ました,掃除しながら.
http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2007/07-045.html
思うことがたくさんありました.その中でも二つについて語ります.1つは「楽しむこと」,もう1つは「優しさ」です.

楽しいっていうのは素晴らしい感情で,おそらくコレがないと人間なんて長生きできないんでしょう.仕事が楽しい人もいるでしょうし,ディズニー シーできゃーっていうのが楽しい人もいるでしょう,SEXが楽しくてしょうがない人もいるでしょう.まぁ人それぞれ何を楽しいと思うかは違ってくると思い ます.僕はシーに行っても別に楽しめそうにないですからね.楽しめることと楽しめないことはそれぞれあるとはいえ,楽しめることが多い方が幸せな気がしま す.幸せになれるチャンスが多い気がします.
プログラムのひとつで「高校生に歌舞伎を見せよう」というものがありました.歌舞伎なんて見たことない,興味もないクソガキどもは好き勝手なこ と言っちゃうわけです.幸田クミのライブの方がいい,とか過去のことには興味がないとか.でも,実際見ると変わるんです.歌舞伎面白い,と.見たことな かったからわからなかったけど,実際に見てみると面白かったという声がありました.一方,つまんなそうな顔のまま笑いどころでも一切笑わない人も見切れて ました.それはそれでいいんです.つまんないならつまんないで.僕が思ったのは彼ら彼女らの精神構造について.おそらく「楽しかった」と思えた人たちの中 で,本当に歌舞伎が自分の興味に合っていた人って少ないんじゃないかなと思います.妄想ですけど.でも,楽しいっていう感想が出てきた.これは楽しかっ たっていうより「楽しもうと思ったら,楽しめた」っていうのが正確な表現だと思います.
恐らく,幸せに生きるためには楽しいことをたくさん見つけることが1つのファクターになっていて,たくさん見つけられるかどうかは「楽しもう」 という気持ちがどれくらいあるかに依存してくるんじゃないでしょうか.一見つまらないこと,意味のなさそうなことでも,楽しもうと思えば楽しくなるんじゃ ないか,そうすれば幸せに生きられるんじゃないだろうか.そんな気持ちになりました.


優しさは最近の僕のテーマでもあります.
漫画「天」で,死を目前にした赤木が,癌で余命幾ばくかの友人の「死ぬのが怖い」という言葉に対してこう言います.
「大丈夫… おっかなくなんかねえんだよ…俺が先に死んでやる…綺麗に死んでやるから…安心しろ…だから…受け入れてやれ,死を…出来る限り…温かく…迎え入れてやれ…出来るさ…お前にも出来る

俺が見てきた限りじゃ 
あったかい人間はあったかく死んでいけるんだ

おっかなくなんかねえんだよ…!」

赤木曰く,あったかい人間はあったかく死んでいけるそうです.あったかく死んでいった人間はあったかい人間だったのかもしれません.


今回の特番の1つの軸として「中村源左衛門」という歌舞伎役者の話がありました.20歳で十七代目中村勘三郎の門弟となってから52年間,名脇役 として技を磨き,主役をやることは叶わない立場にもかかわらず,代役としてではあるものの主役を任されたこともあったそうです.三代にわたって中村屋を影 から支えた男は,余命3ヶ月を告げられたとき「舞台に上がること」を選びました.十八代目中村勘三郎襲名記念公演の千秋楽,12月の京都にあがることを目 標に生きたものの,願い叶わず10月20日に逝去されたそうです.
彼のいない12月の京都,千秋楽の最後の口上で,役者一同が涙にくれるんです.

片岡仁左衛門
「最後のこのご披露に私もご一緒できますことを本当にうれしゅうございます.全くおめでたい限りでございます.
ただ一つ,残念なことがございます.中村さんのお弟子さんで助五郎さんという方がいらっしゃいました.この方は去年三月,幹部に昇進されて,源左 衛門を襲名され,十八代目さんとご一緒にご披露なさいました.その方は病と戦いながら一生懸命に舞台を勤めてまいりましたが,この10月に帰らぬ人となり ました.彼はこの京都の顔見せのご披露に是非,自分がご一緒したい,出して欲しいと最後まで望みを捨てなかったそうにございます.その望みは叶いませんで した.ところが,十八代目は彼の写真を懐に入れまして,口上を勤めておりまする.そしておそらく,お前,一緒に口上を勤めているんだよと話しかけているこ とと存じます.どうか,後ほど勘三郎さんに拍手を下さるときに,舞台の上ではなかなか拍手をいただく機会の少なかった源左衛門さんでございます.一緒に拍 手をしてあげてください.よろしくお願いいたしまする」

…役者一同,正座をして下を向きながら涙を堪えられない

坂東弥十郎
「ただいまの仁左衛門のお兄さんの話をうかがいまして,私,感無量になってしまいました.涙が止まりません.巡業でも源左衛門さんも一緒にお風呂に入ったり,色々な思い出がございます.本日の千秋楽,無事に迎えられ,本当におめでとうございました」(号泣)

中村勘三郎
「先ほど,優しいことを末座の兄が言ってくれました.(遺影を見せながら)これが源左衛門でございます」(大きな拍手)


テレビは何らかの意図をもって作られるものなので,画面から伝わることが全てではないかもしれませんが,その場を,京都の歌舞伎座を支配していたのは優しさでした.僕も,涙が止まりませんでした.


中村屋は大きな家族である,とナレーターが語りかけます.大きな家族である,強くて温かい絆がある,と.

僕はのろけを聞くのが好きです.なんか幸せな気持ちを分けてもらえるような気がするので.健全なのろけを聞いてると心は穏やかに,顔はナイススマイルになります.

のろけには2種類あると思っています.
「聞いて聞いて,こないださぁ~」タイプと
「溢れ出る,溢れ出る,煮汁が」タイプの2種類です.

「聞いて聞いて,こないださぁ~」タイプは聞いててイライラします.幸せなこととかうれしいことを人に話したいのはわかりますが,こちとら彼女も いないのにそんな話をされても楽しくもなんともありません.知らねーよ,そんなもん,ってなもんです.大体このタイプの話は聞いてても退屈ですし.

「溢れ出る,溢れ出る,煮汁が」タイプは聞いててほんわかします.こちらは特にのろけ話をされるわけではないのですが,話の端々から幸せな感じが漂ってくるものです.

今日,後者のタイプののろけに出会いました.

渋谷から最寄駅に帰ってくると,後輩とばったり会い,「飯食おーよ」という話になり(というか僕が誘ったんですが),僕と後輩と後輩の彼女との3 人で晩御飯を食べました.素晴らしかったですね.もう結婚することは決定項です,っていうスタイルで色んな話が繰り広げられていってました.


何となく幸せな気分に満たされた今日は,全てを忘れて,お風呂に湯を張り,自分の甲斐性のなさを笑おう.
昨日は前のバイト先の先輩と焼肉を食べていた.朝ごはんを食べてから胃に水しか入れていなかったのたくさん食べられるだろうと思っていたが,結局ロースやらホルモンやら残してしまった.容器をもらって家に持って帰り,朝ごはんにした.


焼肉屋でご飯を食べ終わったとき8時半だったので,家に持ち帰りの焼肉を置いて,バーミヤンに行った.そこで先輩と色々話していた.


その先輩とは映画なり漫画なり何でもかんでも,僕と「視点」が異なっていた.映画なりなんなりは製作者の「メッセージ」を伝えるツールであり,そのメッセージに共感できるか否かがその映画を好きになるか否かだと,先輩は話してくれた.

僕はといえば…製作者のメッセージなんてどうでもいい.主人公なり登場人物なりに感情移入できるか,また,主人公なり登場人物なりをかっこいいと思えるか,そしてその程度が映画の評価になる.


どちらが「いい」かなんてものは決められない.個々人の価値観に優劣なんて付けられるわけがないから.ただ,先輩みたいに深読みしてみたり,考える鑑賞方法というのと比較すると自分の鑑賞方法が非常に幼稚なものに思えてしまいました.


以前友達に「馬場さんってミーハーだから」といわれたことがあります.僕は笑いなり感動なりの沸点が低く,すぐにグツグツ沸騰するらしいです.沸騰しやすい一方,当然温度が高くなることはありません.


今「ディープインパクト」を観ています.ディープインパクトを観ながら,着々と引越しの準備が進んでいる部屋の中で,この日記を書いています.


ディープインパクトを観ていると,沸点が低い僕でもいいかな,と思えます.感動ができる機会が人より多いということはそれだけ人生を楽しめるとい うことだと考えられる気がするからです.一方で,沸点よりも高い温度で感動してみたい気持ちもあります.僕は欲張りなので,両立させて見せます.


ガンダム見なきゃな!!今のうちに.
今日は九時半から大学で作業をする予定だった.
だから20分くらいには家をでなければならないのだが,偶然つけていた(普段は見ない)「特ダネ」の特集に見入ってしまい,今日記を付けている.書かずにはいられなかった.


それは広島の寂れた島に住む時計職人の特集で,彼(62歳)は日本一古い時計屋の4代目で,全国,時には海外から時計の修理以来が届くほどその世界では有名らしい.

エピソードだけ聞くと職人肌で厳しい頑固オヤジを騒々しそうだが,なんともまろやかな人で,素晴らしい人柄がにじみ出ていた.仕事の合間に料理を 作り「お父ちゃん,できたよ~」と言って,92歳の父親と二人でうどんをすするんです,ニコニコ幸せそうに.インタビューを聞いていても優しいおじさんっ て感じで,皆に愛されるようなキャラクターだと思います.

でも,いったん仕事に入ると,抜群の集中力と時計への愛情でどこに出しても修理不能だと言われた時計を直していく.部品がなければ作る.修理した時計を「往診」しに街まで出掛ける.正にプロフェッショナル,職人の仕事という印象を受けました.


思い出したのは「バガボンド」で沢庵和尚が武蔵を褒めたときの言葉「武蔵...優しくなった.強くなっているんだな.強い人は皆優しい.」というものです.

この時計職人は誰よりも優しく,誰よりも強い気がします.強いという描写はもちろんありませんでしたけど.何か感動しました.ああなれれば幸せだろう,と.
まぁ毎日日記をかけているわけではないんですが.

僕は昔から日記とか続かない人でした.3ヶ月続くなんてとうていあり得なくて,3日続けてギブアップでした.

そんなこらえ性のない僕ですが,大学に入ってからは1年間ノートに日記をつけ,2年間ブログに日記をつけ,今はミクシィで日記を付けています.途中,複数のブログに別の記事を投稿することもあったくらいです.まぁ全て見るに耐えないんですけど.

ノートだろうがブログだろうが,日記を書くことが続いているのは理由があります.パッと思いつくところで2つでしょうか.

ひとつは,誰かを赦すため
もうひとつは,自分を鼓舞するため

日記を書くことと誰か(これには自分も含めています)を赦すこととどう関係があるのか不透明だとは思いますので,説明します.

僕は器のちっちゃな人間なので,結構イライラします.外に出す場合もあれば出さない場合もありますが,結構イライラします.実は今日もイライラすることがありました.
で,そういうイライラすることがあったら
・飲み込む
・誰かに話す
・イライラの元を解決する
・忘れる
のいずれかの行動を取ります.日記にイライラしたことを書くのは2番目の「誰かに話す」に属します.
「飲み込む」のは精神的によくないと思っています.僕の場合どうしても根に持ってしまいがちですし,飲み込むことでまた同じようなイライラに襲われる可能性が高いからです.
「イライラの元を解決する」は,自分に対してイライラしたときの行動です.たとえば朝起きれなかったら,是が非でも起きれるシステムを作る.遅刻したら遅刻しないようなシステム.文章がうまくかけなかったら,ライティングの勉強をする.といったことです.
「忘れる」は主に他人にイライラしたときの行動です.具体的に言うと「自分をイライラさせた人のことを嫌いになる」ことで,精神の安定を図りま す.あいつはクソだから,もう一生はなすことはないから,と思えば「ふんだ!」って感じで忘れられます.非常によくない行動ですね.
「誰かに話す」は皆さんもよく取る行動かと思います.きわめてイライラする事態に襲われても,そのイライラの状態のままイライラの原因を友達に話したらすっきりしたりしますよね.これ実は結構強力な気がしています.

イライラすることを包み隠さず日記に記せば,そのイライラの原因(自分だったり他人だったり)を赦すことができます.まぁよくよく考えればそんなにたいしたことじゃないな,と客観的になれます.

だから日記を書くことを続けていました.


もう1つは自分を鼓舞するためですが,これは正確に言うと「将来の自分」を鼓舞するためです.



過去に自分が書いていた日記を読んだことはありますか?僕はあります.そして号泣したことがあります.


号泣した日記のタイトルは「将来の僕へ」.
大学1年生の時にノートに書いた日記でした.図らずも,大学2年生のときにブログにも似たようなタイトルの日記を書いていました.
内容は非常に簡単なものです.「~~できるようになりましたか?」という文章が延々続きます.

「包丁使えるようになりましたか?」

「会計士の勉強がんばっていますか?」

などなど,どうでもいい問いかけが続き,どんどん僕の人間関係の話に続いていきます.

「いつも一緒でも飽きない友達はできましたか?」

「彼女できましたか?」

などなど軽~い人間関係の話が続いた後の重い問いかけで僕は号泣してしまいます.どういう問いかけだったかは書きませんけどね(笑)


過去の自分が教えてくれることは大きいです.


日記には色んな効用があります.4月以降忙しくなるでしょうが,何とか日記は続けていきたいと思っています.
好きな歌って誰しもが持っていると思います.

この一曲が好きだ,って人もいれば,これとこれとこれが好きだっていう浮気性な人もいるともいます.

僕はどちらかというと後者で,好きな歌って色々あります.

分類すると2つに分かれます.
ひとつは「歌詞」タイプ
もうひとつは「行く?行く?カラオケ行く?俺歌っていいの?普段とはぜんぜん違うよ?パラレル馬場さん見る?」タイプ.
あ,あと両方兼ねてて分類が難しいものもあります.


「歌詞」タイプに属するのは
野狐禅,スガシカオ,山崎まさよし,BUMP OF CHICKEN,コブクロ,斉藤和義などなどが歌っている一部の曲です.
このタイプに属する曲でもっとも(僕にとって)最も重要なのは,歌詞を聴いて,僕なりの歌詞の世界を妄想できるか,あるいは,しやすいか否かです.さらに言うと,その妄想の登場人物として,自分が出演できるか否かです.

たとえば野狐禅の歌だと,僕はその歌の主人公になります.

-へたくそがやった テトリスみたい やたらめたらと高層ビル いったいいつからだろうか この街をこんなにするする歩けるようになっちゃった あれからどんくらい経ったっけ あれから随分経ったよな たとえば週末の都内某路線最終電車 粘ついたつり革にぶら下がっては 酒臭い息を垂れ流しやがる東京どもをダイナマイトでぶっ飛ばす そんな糞みたいな空想にふけっていた あの頃をのはもういないんだ

これなんてモロですね.野狐禅の「東京マシンガン」という曲です.

鬼束ちひろが「king of solitude」という曲を歌っています.彼女の根暗な曲の中では明るい歌詞ですが,これも僕にたくさんの妄想を許してくれ,かつ登場人物にさせてくれます.今日はYOUTUBEでこの曲を見ながら,色々考え事をしていました.

もうひとつ,ガガガSPですきなのがあります.
-朝早く足の音で目が覚めた 枕元には真新しい野球グローブ 「さあキャッチボールだ」と 父親が微笑んでいる 父親がくれたプレゼント その全てが愛だったのさ 父が教えてくれたこと全て愛だったのさ 愛をもらったり愛をあげたりを繰り返して いつごろ僕らは大人になるのかな 愛をもらったり愛をあげたりが全てなんだと 気づく頃にもう 父はこの世にいない



他にもたくさんあるのですが,長くなるので割愛します.

なぜ毎日日記を更新するのか.
暇だから,というのもありますが,僕の場合は「将来の自分に,今の自分はこんなことを考えながら毎日を過ごしていたんだよ」というのを見せたいから書いています.だからこんな他人にとってはどうでもいいことも書いちゃうんです.
この話は次回にでも.


「行く?行く?カラオケ行く?俺歌っていいの?普段とはぜんぜん違うよ?パラレル馬場さん見る?」タイプに属するのはガガガSPです.あとユニコーン「大迷惑」