夫が遊び回るようになりパワハラ言動が増え、私のカサンドラ症候群も悪化し続けた頃、B医師からは「あなたはパーソナリティ障害だから」とたびたび言われるようになりました。
当初はその意味がよくわかっていませんでしたが、最初の頃B医師はこう説明していました。
私の生まれ持った思考の癖に問題がある。四角四面で完璧主義、こうでなくてはならぬという思い込みが強すぎるのが問題なのだと。そのくせ自己評価が低く、目標が高すぎるために頑張りすぎて疲れてしまうのだと…。
そうかな??私ってそんなかな??…当時も疑問に思いましたが、専門科の言うことなんだから、そうなんだろうと考えました。
誤診であったと確信し、それを母に説明した時には、母からこう言われました。
「おかしいと思ったの。あなたは昔からそういう子じゃなかった。割といい加減というか、まぁいいか、が口癖だったでしょう?」
そうなんです。私は昔も今も、「まぁいいか」が口癖の、どちらかというと楽天的なタイプです。
何事もこだわらないのがこだわり、なんて冗談で言っていた位、何かに強くこだわる事はあまりありませんでした。
でも、もしかしたら心療内科に通うきっかけとなった事件で打ちのめされて、性格が変わってしまったのかと思いました。
それに、医師から「あなたの根本的な考え方に問題があるのだ」と言われ続けると、そうなのか、私が悪いのか…と思い込み、じゃあどこがどうダメなんだろう?と真剣に悩み始めました。
話が前後しますが、先に現状をお伝えすると、2009年頃に向精神薬の断薬をし、激しい離脱症状に苦しみながらも時間をかけ少しずつ良くなっていき、離脱症状が軽くなってきた頃には、パニック障害も睡眠障害も希死念慮も、すっかりなくなっていました。
信じられないことでしたが、全て向精神薬による副作用、離脱症状だったのです。
それについてはまた後で、もう少し詳しく書きたいと思います。
しかし、当時の私にはそんなことわかるわけもなく、それら心身の不調は、自分の根本的な考え方に問題があるのだと、ほとんど洗脳みたいな形で信じるようになっていました。
当時の考え方に問題があるとするなら、医者を疑おうとしなかったことはそのひとつですね…(苦笑)。
でもこのB医師は少なくとも時間的には(笑)よく話を聞いてくれて、いい先生だと思っていたんですよね…。
さて、では私に問題があるのであれば、それは何なのだろう?
当時の私はメンタルヘルスの症状が本当につらく、早く治りたかったし、あなたの根本的な考え方に問題があると言われたけれどどこがどう問題なのかよくわからなかったから、必死に自分の問題点を探し、原因究明に努力しました。
そこでたどり着いた問題点のひとつが、“過食嘔吐だったかも説”でした。
高校の体育の教師があるとき授業中に、「世の中にはダイエットのために、食事をしたあとに喉に指をつっこんではき出す人がいる」という話をしたことがありました。
もちろん、良い話として話したわけじゃないんですが、思春期真っ盛りでダイエットが大変重要なお年頃であった当時の私には、目から鱗な話でした。
そうか、つい食べ過ぎちゃったらそうやってはき出せばいいんだ!
それから20代前半のある時期までは、つい食べ過ぎた時にそうして吐くことがありました。
時には嫌なことがあった帰りにコンビニで買い、やけ食いしたりもしました。
といっても頻度は月に数回、吐くのはつらいからめったにやらなかったし、やけ食いといってもせいぜいスナック菓子2袋とかで、激痩せすることも激太りすることもなく、日常生活に支障をきたした事もありませんでした。
20代後半に入る頃には、そうした行為に強い嫌悪感抱くようになって自然とやめていたんですが、たくさん食べては吐くという過食嘔吐を知った時、私はこれだったんだ!と思いました。
いまにして思えば、病的な過食嘔吐とはレベルが全然違うんですが、中途半端な知識をもとにそう思い込んでしまいました。
特に詳しく聞かれもしなかったし、B医師には「そういえば若い頃、過食嘔吐していた時期がありました」としか伝えなかったと思います。
先生はふむふむとメモをして聞いていました。
ムリヤリな過去掘り起こしで見つけた自分のメンタル的問題点のひとつが、自殺願望でした。
これまた、いまにして思えばどうしようもないというか…。
高校生の頃…大学受験に悩んでいた頃かな。特別ショックなできごとがあったというわけでもないのに、突然、「なんかもう、死んでしまいたいなぁ…」と思ったことがありました。
たしか、塾だかバイト先だかの帰り道、夜ひとりで歩いていた時だと思います。
なぜこんな時にそんなこと思うんだろう?とそれがやけに記憶に残っていたのを思い出したんです。
だから、先生に「十代の頃、特になにもないのに、死んでしまいたいと、ふと思ったことがあります」と伝えました。
本当に一瞬ふと思っただけで、特に何したわけでもなく、いわゆる厨二病というか、思春期あるあるのひとつではないでしょうか。
状況をよく覚えていないだけで、高校生といえば恋愛やら友人関係やら勉強やら色々あるし、悩み事がないわけがない。
でも他に、自分のメンタルというか思考で異常だったところが特に思い出せなかったんです。
これを伝えた時の先生の反応も、ふむふむとメモをとるだけで、特に何か言われることはありませんでしたが、カルテには、「思春期の頃より摂食障害と希死念慮、パーソナル障害の疑いあり」と書かれたりしたんでしょうね…。
他にもいくつかムリヤリ探し出しては言ったと思いますが、どれもこれもいまにして思えば、病的といえるようなレベルとは思えません。
それでも、一部だけとりだしてチェックシートに当てはめれば、何かに当てはまってしまうのが今の精神科医療です。
さて…。
おそらくは薬の副作用とカサンドラ症候群のために、さまざまな精神症状が悪化する中、一番苦しんだのが希死念慮でした。
もう、ずっと死にたい死にたいと思い続けていました。
夫に暴言を吐かれたり、大喧嘩した後などは本当に顕著で、それこそどうやって死ぬか具体的な方法をずっと考え、実際に未遂までいった事も2回ありました。
あまりにそれがつらかったので、診察の時B医師にそれを訴えました。
「先生、死にたくて死にたくて、本当につらいんです。どうにかならないでしょうか」
もちろん、どうにもなりませんでした。
しかし、こうした相談により、B医師の私への対応はひどく冷淡になってきました。
あるときなどは、「死にたいだなんて、医者を脅すつもりか!」と大変な剣幕で怒られました。
そしてあるとき、B医師からついに「もうこの病院に来ないで下さい」と言われました。
あなたはどれだけ薬を処方しても全く良くならない。私には治せないから、病院を変えてくれと。
どこに?と聞いたら、あなたはPC使えるでしょう、ネットで調べなさい、と。
当時、自宅から徒歩圏にある心療内科はここしかありませんでした。
この頃はまだパニック障害が酷く、電車にひとりで乗って移動するのはたいへん困難であり、恐怖でした。
私は「薬の処方だけでも、ここに通わせてもらいたいんですが…」と頼みましたが、冷酷に断られました。
前に書きましたが、あとから夫から聞いた話によると、夫は自分の遊び回る行為を正当化するために、私の言動がこんなに酷いのだと、あることないこと先生に話していたそうです。
はっきり言われたわけではありませんが、摂食障害の話や希死念慮のこと、夫から聞く話などから総合して、私を境界性人格障害だと認定したのではないかと思います。
自分に依存されると困ると思ったのでしょう。
しかし、私も少し調べましたが、境界性人格障害で向精神薬服用していたら、リストカットや大量服薬を繰り返すというイメージですが、私はその手のことは一切ありませんでしたし、人間関係も夫と夫の家族以外とは特にトラブルもありませんでした。
その点、ワインや女性関係でとんでもない多額の浪費をし、親しい仕事関係者や身内などと大喧嘩&絶縁を繰り返していた夫の方がよっぽどそれに近かったと思いますが、夫もその話はしなかったのでしょうし、私の話は嘘で夫の話が本当であると思ってしまうなら、仕方ないというか…。
摂食障害やパーソナリティ障害の件なども含め、このB医師は心療内科医として知識が浅すぎ、患者の話の虚実を見分ける力がなさすぎたと、いまは思っていますが、夫はかなりの高学歴のため学歴を大事に考える男性に受けがよく、穏やかで優しい印象を与える人なので、ほとんどの人が夫の言う事を真に受けてしまいます。
まぁ、私も穏やかで真面目で誠実な人だと思ったから結婚に至ったわけですしね…(苦笑)。
私はこの頃には夫と離婚しているべきだったと、いまでも思います。
もちろんずっとそう望んでいましたが、夫からは拒否され続けていましたし、自分でも離婚後やっていける自身があまりありませんでした。
私の仕事は、自宅で自営としてやってる夫の仕事のサポート業務でしたし、パニック障害等々考えると、外に働きに行くのは困難に思えました。
せめて実家のサポートが欲しかったのですが、おしん世代の私の両親は古い考えの人間で、我慢と忍耐は美徳であり、よほどの理由…夫が働かない・ギャンブルで多額の借金を作る・暴力をふるう、以外の理由での離婚はすべきではないという考えでした。
たらればを言っても仕方ありませんが、せめて30代の頃に離婚出来ていたら…とつい考えてしまいます。
当初はその意味がよくわかっていませんでしたが、最初の頃B医師はこう説明していました。
私の生まれ持った思考の癖に問題がある。四角四面で完璧主義、こうでなくてはならぬという思い込みが強すぎるのが問題なのだと。そのくせ自己評価が低く、目標が高すぎるために頑張りすぎて疲れてしまうのだと…。
そうかな??私ってそんなかな??…当時も疑問に思いましたが、専門科の言うことなんだから、そうなんだろうと考えました。
誤診であったと確信し、それを母に説明した時には、母からこう言われました。
「おかしいと思ったの。あなたは昔からそういう子じゃなかった。割といい加減というか、まぁいいか、が口癖だったでしょう?」
そうなんです。私は昔も今も、「まぁいいか」が口癖の、どちらかというと楽天的なタイプです。
何事もこだわらないのがこだわり、なんて冗談で言っていた位、何かに強くこだわる事はあまりありませんでした。
でも、もしかしたら心療内科に通うきっかけとなった事件で打ちのめされて、性格が変わってしまったのかと思いました。
それに、医師から「あなたの根本的な考え方に問題があるのだ」と言われ続けると、そうなのか、私が悪いのか…と思い込み、じゃあどこがどうダメなんだろう?と真剣に悩み始めました。
話が前後しますが、先に現状をお伝えすると、2009年頃に向精神薬の断薬をし、激しい離脱症状に苦しみながらも時間をかけ少しずつ良くなっていき、離脱症状が軽くなってきた頃には、パニック障害も睡眠障害も希死念慮も、すっかりなくなっていました。
信じられないことでしたが、全て向精神薬による副作用、離脱症状だったのです。
それについてはまた後で、もう少し詳しく書きたいと思います。
しかし、当時の私にはそんなことわかるわけもなく、それら心身の不調は、自分の根本的な考え方に問題があるのだと、ほとんど洗脳みたいな形で信じるようになっていました。
当時の考え方に問題があるとするなら、医者を疑おうとしなかったことはそのひとつですね…(苦笑)。
でもこのB医師は少なくとも時間的には(笑)よく話を聞いてくれて、いい先生だと思っていたんですよね…。
さて、では私に問題があるのであれば、それは何なのだろう?
当時の私はメンタルヘルスの症状が本当につらく、早く治りたかったし、あなたの根本的な考え方に問題があると言われたけれどどこがどう問題なのかよくわからなかったから、必死に自分の問題点を探し、原因究明に努力しました。
そこでたどり着いた問題点のひとつが、“過食嘔吐だったかも説”でした。
高校の体育の教師があるとき授業中に、「世の中にはダイエットのために、食事をしたあとに喉に指をつっこんではき出す人がいる」という話をしたことがありました。
もちろん、良い話として話したわけじゃないんですが、思春期真っ盛りでダイエットが大変重要なお年頃であった当時の私には、目から鱗な話でした。
そうか、つい食べ過ぎちゃったらそうやってはき出せばいいんだ!
それから20代前半のある時期までは、つい食べ過ぎた時にそうして吐くことがありました。
時には嫌なことがあった帰りにコンビニで買い、やけ食いしたりもしました。
といっても頻度は月に数回、吐くのはつらいからめったにやらなかったし、やけ食いといってもせいぜいスナック菓子2袋とかで、激痩せすることも激太りすることもなく、日常生活に支障をきたした事もありませんでした。
20代後半に入る頃には、そうした行為に強い嫌悪感抱くようになって自然とやめていたんですが、たくさん食べては吐くという過食嘔吐を知った時、私はこれだったんだ!と思いました。
いまにして思えば、病的な過食嘔吐とはレベルが全然違うんですが、中途半端な知識をもとにそう思い込んでしまいました。
特に詳しく聞かれもしなかったし、B医師には「そういえば若い頃、過食嘔吐していた時期がありました」としか伝えなかったと思います。
先生はふむふむとメモをして聞いていました。
ムリヤリな過去掘り起こしで見つけた自分のメンタル的問題点のひとつが、自殺願望でした。
これまた、いまにして思えばどうしようもないというか…。
高校生の頃…大学受験に悩んでいた頃かな。特別ショックなできごとがあったというわけでもないのに、突然、「なんかもう、死んでしまいたいなぁ…」と思ったことがありました。
たしか、塾だかバイト先だかの帰り道、夜ひとりで歩いていた時だと思います。
なぜこんな時にそんなこと思うんだろう?とそれがやけに記憶に残っていたのを思い出したんです。
だから、先生に「十代の頃、特になにもないのに、死んでしまいたいと、ふと思ったことがあります」と伝えました。
本当に一瞬ふと思っただけで、特に何したわけでもなく、いわゆる厨二病というか、思春期あるあるのひとつではないでしょうか。
状況をよく覚えていないだけで、高校生といえば恋愛やら友人関係やら勉強やら色々あるし、悩み事がないわけがない。
でも他に、自分のメンタルというか思考で異常だったところが特に思い出せなかったんです。
これを伝えた時の先生の反応も、ふむふむとメモをとるだけで、特に何か言われることはありませんでしたが、カルテには、「思春期の頃より摂食障害と希死念慮、パーソナル障害の疑いあり」と書かれたりしたんでしょうね…。
他にもいくつかムリヤリ探し出しては言ったと思いますが、どれもこれもいまにして思えば、病的といえるようなレベルとは思えません。
それでも、一部だけとりだしてチェックシートに当てはめれば、何かに当てはまってしまうのが今の精神科医療です。
さて…。
おそらくは薬の副作用とカサンドラ症候群のために、さまざまな精神症状が悪化する中、一番苦しんだのが希死念慮でした。
もう、ずっと死にたい死にたいと思い続けていました。
夫に暴言を吐かれたり、大喧嘩した後などは本当に顕著で、それこそどうやって死ぬか具体的な方法をずっと考え、実際に未遂までいった事も2回ありました。
あまりにそれがつらかったので、診察の時B医師にそれを訴えました。
「先生、死にたくて死にたくて、本当につらいんです。どうにかならないでしょうか」
もちろん、どうにもなりませんでした。
しかし、こうした相談により、B医師の私への対応はひどく冷淡になってきました。
あるときなどは、「死にたいだなんて、医者を脅すつもりか!」と大変な剣幕で怒られました。
そしてあるとき、B医師からついに「もうこの病院に来ないで下さい」と言われました。
あなたはどれだけ薬を処方しても全く良くならない。私には治せないから、病院を変えてくれと。
どこに?と聞いたら、あなたはPC使えるでしょう、ネットで調べなさい、と。
当時、自宅から徒歩圏にある心療内科はここしかありませんでした。
この頃はまだパニック障害が酷く、電車にひとりで乗って移動するのはたいへん困難であり、恐怖でした。
私は「薬の処方だけでも、ここに通わせてもらいたいんですが…」と頼みましたが、冷酷に断られました。
前に書きましたが、あとから夫から聞いた話によると、夫は自分の遊び回る行為を正当化するために、私の言動がこんなに酷いのだと、あることないこと先生に話していたそうです。
はっきり言われたわけではありませんが、摂食障害の話や希死念慮のこと、夫から聞く話などから総合して、私を境界性人格障害だと認定したのではないかと思います。
自分に依存されると困ると思ったのでしょう。
しかし、私も少し調べましたが、境界性人格障害で向精神薬服用していたら、リストカットや大量服薬を繰り返すというイメージですが、私はその手のことは一切ありませんでしたし、人間関係も夫と夫の家族以外とは特にトラブルもありませんでした。
その点、ワインや女性関係でとんでもない多額の浪費をし、親しい仕事関係者や身内などと大喧嘩&絶縁を繰り返していた夫の方がよっぽどそれに近かったと思いますが、夫もその話はしなかったのでしょうし、私の話は嘘で夫の話が本当であると思ってしまうなら、仕方ないというか…。
摂食障害やパーソナリティ障害の件なども含め、このB医師は心療内科医として知識が浅すぎ、患者の話の虚実を見分ける力がなさすぎたと、いまは思っていますが、夫はかなりの高学歴のため学歴を大事に考える男性に受けがよく、穏やかで優しい印象を与える人なので、ほとんどの人が夫の言う事を真に受けてしまいます。
まぁ、私も穏やかで真面目で誠実な人だと思ったから結婚に至ったわけですしね…(苦笑)。
私はこの頃には夫と離婚しているべきだったと、いまでも思います。
もちろんずっとそう望んでいましたが、夫からは拒否され続けていましたし、自分でも離婚後やっていける自身があまりありませんでした。
私の仕事は、自宅で自営としてやってる夫の仕事のサポート業務でしたし、パニック障害等々考えると、外に働きに行くのは困難に思えました。
せめて実家のサポートが欲しかったのですが、おしん世代の私の両親は古い考えの人間で、我慢と忍耐は美徳であり、よほどの理由…夫が働かない・ギャンブルで多額の借金を作る・暴力をふるう、以外の理由での離婚はすべきではないという考えでした。
たらればを言っても仕方ありませんが、せめて30代の頃に離婚出来ていたら…とつい考えてしまいます。